腕時計がほしい

 僕が妻に腕時計をプレゼントしたのは、付き合い始めた頃だったから、10年以上前ということになる。妻は金属アレルギーなので、チタン製のバンドのものを選んだ。僕としては精一杯奮発し、妻も喜んでくれた。その腕時計を寝ている間もつけていた。

 しかし、最近になり、腕時計をつけると腕に赤い発疹の出るようになった。原因ははっきりとはわからないが、バンド自体はチタン製でも、それを繋いでいるピンは他の金属が使われている可能性があり、直接肌に触れることはないが、長年使っていたため、汗などで金属の成分が溶け出しているのかもしれない。腕時計を外すと、黒い跡が残っていたりする。

 歯ブラシなどでバンドの部分をきれいにすると数日は大丈夫のようだが、しばらくするとアルレギー反応が出るため、とりあえず革製のバンドの安い時計を買って代用していたのだけど、つい先日、新しい腕時計がほしいと通信販売のカタログを見せて来た。しかし、夏は旅行もしたいし、ぎりぎりとまではいかないが、余裕のある暮らしでもなく、僕はロクにカタログを見ることもなく、「無理だよ」といった。妻は、さらにねだることもなく、寂しそうな表情をしていた。

 寂しそうな顔を見て、自己嫌悪を陥った。確かにすぐに腕時計を買う余裕はないが、せめそのカタログだけでもいっしょに見てあげればよかった。そして、感想を言ったりしてあげればよかったと思ったのである。

 翌日になると、いつもの妻に戻っていた。そんな妻を見ていて、ほんとに欲しいのは腕時計なのだろうかと思った。もちろん、きれいで可愛い腕時計のほしいことはその通りなのだろうが、妻のほんとにほしいものは、腕時計の先にあるもののような気がした。そうであれば、多少無理をしても、買ってあげなくてはいけないのではないかと思うようになった。

 この夏は無理でも、クリスマスの季節までには、何がしかの貯金もできるかもしれない。もう一度、初めて腕時計をプレゼントしたときの気持ちに戻ろうと思った。(2018.9.16)




皆さんのご意見・ご感想をお待ちしています。joshua@xvb.biglobe.ne.jp

TOP INDEX BACK NEXT