終末期の選択

 弁護士から手紙が来た。手紙の内容は、介護施設に入所している叔母が人生の最終段階を迎えるにあたってのお尋ねというものだった。

 僕が中学生の頃、両親は離婚した。父との関係の悪かった僕は母と行動を共にした。自然の成り行きで父の親戚との関係は希薄になった。しかし、それ以前に叔母との交流はほとんどなくなっていた。

 叔母の夫は大工をしていて、子供時代を過ごした家のベランダをリフォームしてくれたりした。彼は笑顔の爽やかな人で子供ながらに好印象をもった。したがって羽田にあった叔母の家に遊びに行くこともあった。しかし、叔母はいつしか人柄が変わっていった。「霊が見える」といい出し、その対策として自宅に犬を買い始めた。犬はチンだった記憶があるから、この頃はまだ行き来があった。いっしょにお墓参りにいったときには、霊が憑いたといいだし、ちょっとした騒ぎになったこともあった。そして、だんだんと疎遠になっていった。

 弁護士から手紙が来たのは二回目である。前回は、叔母の成年後見人となる了承をもらいたいというものだった。叔母に子供は無く、夫もすでに他界し、家族はいない。手紙は僕だけでなく、叔母の血縁者全員に郵送しているということだった。叔母と最後に会ったのは恐らく僕がまだ小学生の頃だから四十年以上前だと思う。そこまで関係の希薄な僕が判断できるような事ではないような気がして、その旨を書いて返送していた。

 弁護士の手紙によると叔母は食事量が低下してきており、口から食べることが困難になってきているという。そして、認知症の進行により、終末期に近くなってきていて、年齢も考慮すると突然の心停止ということも考えられ、その場合の処置をどうするか尋ねたいと書かれていた。

 まず、食事量の低下に栄養の補給をどうするかということについて、経口摂取のみで経過をみる方法、胃ろうや点滴による方法を検討して選択してほしいという。そして、心停止をした場合、心臓マッサージ、気管挿管、人工呼吸、電気ショックなどの延命治療を行うかどうか検討してほしい、そして人工呼吸器を取り付けるかどうか、人工呼吸器は一度取り付けると外せなくなるという。

 ほとんど顔も覚えていない叔母の終末期の選択を、僕にする権利はあるのかという思いは強いが、例え自分にきわめて近い親族が同じ状態になったとしても、難しい問題である。基本的にはできるだけ自然な形で最後を迎えてもらいたいと思うし、過度な延命治療はしてほしくない。しかし、何処からが過度なのか?というとその判断は極めて難しい。

 まず、栄養補給については、できるだけ口から摂取することが望ましいが、食べる力の無くなったとき何もしないというのは、どうなのだろう?点滴はもちろん、胃ろうも必要かもしれないというような気もする。胃ろうというのは、胃に直接チューブを通し、栄養を補給する方法で経口との併用もできる。

 しかし、これはあくまでも僕の気持ちであって、本人が望んでいるかとなるとわからない。胃にチューブを通してまで延命したいと思うかどうか?胃ろうなどの措置を取らなかった場合は、少しずつ食事量が落ち、自然に亡くなることが想定される。自然な形で最後を迎えるということなら、こちらの方がいいのかもしれないと思いは揺らぐ。

 さらに心停止したときの措置である。心臓マッサージなどの心肺蘇生、その後の気管挿管や人工呼吸器の取り付けなど、その場に立ち会っていても判断できるかどうか自信はない。何かのはずみで心停止することもあるかもしれない。その場合、心臓マッサージなどの蘇生措置を取ることは必要なように思う。まだ、本人に生きる力が残っているかもしれない。しかし、本人の意識が無くなっているのに、人工呼吸器の装着による延命措置はとらないでほしいと思う。

 弁護士からの手紙に‘人工呼吸器は一度取り付けると外すことは困難’とあるのは、一度つけてしまえば、次の外すという判断は本人の死に直結するからだ。誰が、「殺す」という判断ができるのだろうか?

 できるだけ長く生きてもらうために考えられる限りの延命措置をとるか、自然な形で最後を迎えてもらうために苦痛や不快感の緩和に重きを置いたケアをするか、これは本人しかに決められない問題のように思う。そして、叔母のように本人がその意思を示すことのできないとき、周囲の近しい人たちが判断をしなくてはならないが、それは大変難しい。正解のない問題だからだ。

 弁護士から送られてきた手紙には返信用の用紙があり、そこにはいくつかの項目があり、そのひとつひとつに「してほしくない」「積極手治療を望む」「判断できない」の三つのチェックボックスがあった。もちろん僕の意見で全ての決まってしまうわけではないが、人工呼吸器の装着に「してほしくない」というチェックを入れた以外は、「判断できない」にした。(2018.7.23)




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