ささやかな抵抗

 仕事を終えた後、会社近くにある大型ショッピングモールの一階にあるスーパーで、夕食の食材を買ってから帰る。このショッピングモールは、駅と繋がっているので、一階から上りのエスカレーターに乗り二階で降り、出口を通り抜けると駅の改札口に出られるから便利なのである。

 このエスカレーターの前はいつも渋滞をしている。ショッピングモールの一階には、スーパーだけでなく、お惣菜や弁当、さらにはスイーツなど、食品を売っている店が軒を連ねており、夕方ともなれば、買い物客で、真っ直ぐ歩けないくらいの混雑になるからだ。

 さらに、ほとんどの人がエスカレーターの左側に乗るため、渋滞に拍車をかけている。右側というと、いつも空いている。それは、エスカレーターを歩いて上る人のため、歩きたくない人は気を効かせて、左側に出来ている長い列の一番後ろに並ぶからである。そんな状況を見かねてか、エスカレーターの前に、「右側も歩かず、二列でご利用ください」という表示がされるようになった。

 左側に長い列が出来るのは、エスカレーターを歩いて上りたくないという人が多いからだ。それも、そのはずで、食品売り場で買物をした後、重い荷物を持って、エスカレーターを歩いては上りたくはない。行列を解消するためと、エスカレーター上を歩く危険を排除するため、表示を付けたのだろうが、いまひとつ効果は上がっていないようである。

 それでも、一週間に一人、二人くらいは、「右側も歩かず、二列でご利用ください」の表示を守り、エスカレーターの右側に乗り、そのまま歩かずに上まで行く人を見かけるようにはなった。そういう人がいると、さすがに長い列の後ろに並ぶのはイヤなのだろう、右側に乗る人が続くようになる。しかし、その人が二階まで行き降りてしまうと、右側に乗っていた人たちは一斉に歩きだす。いや、‘一斉に’というのは正確ではないかもしれない。まず、歩かずに乗っていた人の直後にいる人が歩き出し、それが連鎖して列が流れていき、また、右側が空くという状態になってしまうのである。

 僕はというと、左側に列が出来ていなければ左に乗るが、そうでなければ、右側に乗るようにしている。そうすると、僕に続く人が出て来て、右側もそれなりに人の乗っている状態になるのだが、居心地はあまりよくない。例えるなら、渋滞の先頭になっているような居心地の悪さを覚える。やはり、僕が降りると、僕の後に乗っている人たちは、自分が渋滞の先頭にならないために、歩き出すのである。

 この場合、二列になってエスカレーターを利用する方が、合理的であることは明らかだ。二列で利用すれば、片側に長蛇の列のできることもない。それにも関わらず、右側を急ぐ人のため空けるという習慣を多くの人が続けるのは、他人と違う行動をとることを嫌う日本人の習性なのかもしれない。多くの日本人は、何かをすることによって、物事を律するのではなく、何かをしないことによって、秩序を守ろうとする。

 そういう僕も、「右側も歩かず、二列でご利用ください」という表示がされるまで、エスカレーターの右側に乗るときは歩いていた。歩かないで、ただ立って乗っていることは、高速道路の追い越し車線をゆっくりと走っているような気分になり、落ち着かなかったのである。

 以前にも書いたが、エスカレーターの正しい乗り方は、右も左も歩かずに、乗ることである。歩くと、その衝撃により、エスカレーターの安全装置が作動して、緊急停止してしまうことがあり、危険だからだ。そういう知識がありながら、他人の視線に耐え切れず、ついついみんなと同じ行動をとっていた。

 このような些細なことは、どうでもいいかもしれないが、もっと重要な局面で、多数の人と見解の違う場合、正しいことは正しいといえる勇気を示せるかどうか、はなはだ自自信は無い。しかし、流されないように、何とか踏ん張れるよう強くなっていきたいと思う。(2017.4.16)




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