受注票紛失事件

 義姉とパソコンの受け渡しをするため、横浜で待ち合わせの約束をしていた日の夕方、受注票の紛失していることがわかった。何故、紛失に気づいたかというと、その日に納品しなくてはならない製品が仕上がってこないため、担当部署に連絡したところ、そのような仕事は受けていないという返事がきたからだった。受注票のなかったため、仕事が動いていなかったのである。

 その仕事は、他の事業所から、依頼されたもので、経路を追っていくと火曜日の11時半にゆうパックで、送られていたことがわかった。その便を調べてみると、同封されていた他の仕事は動いていることから、会社に届けられていることに間違いは無かった。つまり、会社に届いた後、何処かにいってしまったか、または、同封するのを忘れたかのどちらかだった。

 便を用意した担当者に電話すると、間違いなく入れたという。その担当者は、きっちりしている人間という評判で、こちらの事業所に着いてから、紛失した可能性が高くなった。送られてきた便を、開ける可能性は誰にでもあり、人物を特定することはできなかったが、可能性の高い人として僕とDさんの名前があげられた。Dさんは、20代後半の女性社員である。しかし、ふたりとも3日前のことで、全く記憶がなかった。ただ、誰が開けたにせよ、中身の紛失することなど、ほとんど考えられないことだった。

 送られてきた便を開封し、中身を確認して担当部署や担当者に配るわけだが、通常は担当部署行きのボックスに入れる。例え入れるボックスを間違えたとしても、紛失ということにはならないし、また、開封していときに、何かの用事で呼ばれ、モノを置きっ放しにしてしまったとしても、誰かが気づくはずである。また、通常、送った物のリストが同封されており、紛失している物があれば、すぐわかる。便を送った社員によると、ダンボールに入れたということから、中身を取り出し忘れたということも、あまり考えられないことだった。

 会社の中では、便の中身が何処にいってしまったのかということよりも、誰が開けたのかということが詮索の対象となっていた。しかし、僕もDさんも他の誰も記憶にないわけだから、例え人物を特定できたとしても、何の解決にもならない。そんなことより、何故、なくなってしまったのかという可能性を考える方が有益に思えた。

 そのうち営業部の経理をしている50代の女性が、便を開けたのは僕だという気がするといいだした。確かに、僕も届いた便を開けるが、火曜日はどうだったか覚えていない。その女性は「水曜日ではないし、木曜日ではない」と断定的な口調で宣言をした。月曜日、僕は妻を成田まで見送りにいって休みだった。

 騒ぎは、時間とともに大きくなっていった。直接関係ない人たちまでが、探偵気取りで騒ぎ始めたのである。僕もいろいろと考えたが紛失するプロセスが、全く見えてこない。考えられることとしては、ボックスに入れた受注票を持っていった担当者が何処かに置き忘れてしまったか、何かと混在させてしまいわからなくなっているかのどちらかのような気がした。Dさんは、胃が痛くなり、しゃがみこんでいた。

 各階の捜索が始まったが、五階、四階と「ウチのフロアーにはない」という返事が帰って来た。その仕事は三階の仕事だったが、三階は物が散乱しており、時間がかかっているようで、何の返事もないまま、時間は過ぎていった。

 誰かが監視カメラのついていることから、火曜日の映像を見られるのではないかといいだし、専門の社員が呼ばれた。彼によって、火曜日の11時半の映像がモニターに映し出された。僕は、仕事で見ていなかったのだが、誰かが「箱じゃなくて、グリーンバッグだ」といった。グリーンバッグとは、その名の通り緑色のプラスチック製の箱で、中に袋が付いており、事業所間専用の通い箱である。

 ダンボールでは、取り出し忘れは考えられないが、グリーンバッグだと、中に袋があるため、箱の底が見えづらく、残したまま閉めてしまうということはあり得る。グリーンバッグはいくつもあるため、一つずつ開けて調べたが、発見することはできなかった。

 そのうち「ピンク色の人が開けている」と声があがった。ピンク色の人は、Dさんだった。彼女は、ピンク色のカーデガンを、羽織っていたのである。「部長の机の上に、何か置いたぞ」という声が続いた。部長の机の上には、部長の名前が記された紙袋が置かれたままになっていた。その袋を開けると、その中から、探していた受注票が出て来たのである。送った側が、部長の荷物といっしょに梱包してしまったらしい。まだ荷物を開ける必要のなかったため、ずっと荷置きっ放しになっていたのである。

 Dさんは、「すいませんでした」と周囲の人たちに誤っていたが、彼女の責任ではない。部長行きの荷物を開けて、中身を確認するなどということは、まずしない。恐らく、誰が便を開けても、同じ結果になったと思う。たまたま、その時、手の開いていたDさんが、貧乏くじを引いただけだった。

 ただ、僕が心に引っかかったのは、「Hさんが、開けた気がする」といい出し、さらに断言するような発言をした女性社員のことである。何故、彼女はそのようなことを、言いだしたのか、真意がわからない。後で、「人の記憶なんて、曖昧なものね」などといって笑っていたが、‘曖昧’であれば、そのようなことをわざわざ言わなければいいのである。

 まさか、監視カメラの映像で、人物が特定させると思ってはいなかったのだろう。一番、立場の弱い人間のせいにしておけば、丸くおさまると思っていたのかもしれない。それに、この場合、誰が便を開けたかなどということは、あまり重要ではない。重要なのは、何故、同封されていたものが、みつからなかったかということである。

 この場合、最大のミスは、受注票とチェックリストをいっしょに梱包してしまったことである。同封してしまえば、チェックすることができなくなってしまう。そのため、送られてきてから三日間も紛失に気づかなかったというような事態が起きてしまった。これが、いつものように分かれていれば、こんなことにはならなかっただろう。

 誰が開けたかということばかりに、焦点が当たり、デマ情報まで飛び交って、大騒ぎになってしまった職場にはウンザリする思いであった。(2017.3.20)




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