引っ越し業者との駆け引き

 どうにか中古の戸建てを買うことが出来たので、リフォームの完成を待って引っ越すことになった。リフォームが終わり、引き渡し日の算段がついてから、引っ越し業者を探し始めたため、引っ越し日まで2週間という慌ただしさになってしまった。引っ越し日を伸ばすこともできたのだけど、そうすると賃貸の家賃と家のローンとの二重払いになってしまうため、できれば最短で引っ越したかったのである。また、6月ということもあり、それほど混んではいないだろうと思っていた。しかし、何故か、今年の6月、引っ越し業者は大忙しだったらしい。

 まず、引っ越し業界の最大手S社に見積もりを取りに来てもらった。S社に最初の見積もりを依頼したのには理由があった。実は、家を買うという一連の行為にかなり疲れてしまっていて、引っ越し業者は相見積もりをとらず、一発で決めてしまおうと思っていたのである。

 S社には3年前の引っ越しのとき、最初に見積もりに来てもらった。そのときは、2〜3社から見積もりを取り、その中で一番安いところに決めようと思っていた。引っ越し時期は3月中旬で、正に引っ越し業界の繁忙期の真っ只中だった。S社は当初、21万円という額を提示してきた。いくら繁忙期といっても高すぎると思い、いろいろといっているうち、15万円ほどまで下がった。

 ネットで調べた限りは、もう少し安い価格でできるところもありそうだった。それで、僕はその15万円をたたき台として、あと2社ほど呼ぼうと思っていたのである。それで、「他の会社の意見も聞いてみたいので、今日は見積もりだけということにしましょう」というと、「他は何処を呼ぶつもりですか?」と訊いてきた。「A社とQ社です」というと、「Q社は○○から来ますから、それほど安くはなりませんよ」といい、「A社は、ほとんどうちと同じでしょう」といった。

 それでも、僕が「他のところの話も聞きたいので…」というと、「いくらいだったら、今、うちと契約してもらえますか?」とたたみかけて来た。「税込で7万円だったら、考えます」というと、厳しい顔になった。「閑散期なら、余裕なんですが、ちょっと待ってください」といって、携帯を取り出し、会社の上司で電話をかけた。上司との電話は長時間に及んだが、その中で彼が「この後、A社が来ます」と伝えているのが聞こえてきた。そして、ちょっと無理かな?と思った7万円で契約ということになったのである。

 今回もそのやり方で行こうと思っていた。S社の営業部員は、夕方の6時過ぎにやってきて、見積もりを始めた。運ぶ物を確認しながら、今年の6月、横浜市は新居を買った人が多く、忙しいというようなことをいった。僕は、本気にしていなかった。営業戦略上のトークだと思ったのである。

 一通り部屋の中を見て回ると、リビングにある机に腰掛けて、見積書を作り始めた。前回は3月という繁忙期だったが、今回は6月という閑散期である。しかし、引っ越しの距離は今回の方が遥かに長く、また荷物も増えているため、7〜9万円の範囲だったら、契約をしようと思っていた。出てきた見積もり額は、15万円だった。さすがに、その数字では納得できなかったので、前回、S社に依頼したことを伝えた。すると、その時の金額を訊いてきたので、7万円というとかなり驚いたようだった。営業担当者の名前を訊かれたが、覚えているはずもなく、ただ、時間の指定はできなかったといった。

 「3月でも、日によって空いているときもあるのですが、それにしても安いですね。ただ、今回は、引っ越し日はかなり入っていまして、トラックの手配をするもの大変なんです」といい見積もりを直し始めた。そして、「これが精一杯というところです」と提示してきた額は、10万円だった。

 ここまでは、ほぼ前回と同じ展開だった。初めに、高額の見積もりを提示し、渋ると大きく値引きしてくる。ここで、競合他社の名前を出せば、もうひと押しできるはずである。「前回、3月で7万円ですからね。これだと、他の会社の見積もりをとってからということになりますけど」といった。これで、さらなる値引きになるはずだったが、今回は違った。

 「いや、ほんとに今年の6月は忙しいのですよ。N社などは、断っている状況ですからね。どうしましょう?」といって、先程の10万円が最終的な回答だということを匂わせた。「他のところを見積もりもとって、比較検討したうえで判断したいのですが?」と僕がいうと、「どうぞ、どうぞ」とあっさりといい、書類などを鞄に仕舞い、帰り支度を始めた。「いつまでに返事をしたらいいですか?」と訊くと、彼は何もいわず、見積もりの一ヶ所を指差した。そこには、‘車両のある限り’と書かれていた。 彼のこの行為で、僕はS社に頼むのを止めることにした。あまりに値切られ、頭に来たのかもしれないが、僕は別に失礼なことはしていない。他社の見積もりをとって、比較検討するというのは、普通である。彼の帰った後、すぐにQ社に電話を入れ、見積もりの依頼をした。

 Q社は翌日の夕方6時過ぎにやってきた。まだ若い男性の営業部員で、誠実そうだった。引っ越し先の家の前面の道路を、ストリートビューで確認し、荷物量を電卓を使って計算した。今までの引っ越し業者は、そのようなことはしなかったので、同じ業界だが毛色の違いを感じた。すべての計算が終わり、「それでは、トラックの状況を確認をしますので、引っ越し日を教えてください」といった。僕が引っ越し日を告げると会社に電話を入れた。そして、その日はトラックの空きがないと言い出した。

 「引っ越し日は、動かせませんよね?」と訊くので、「ええ」と返事をすると、再び電話で上司と話し始めた。その電話の中で「それじゃー、断れ」という上司の声が漏れ聞こえてきた。僕は呆れてしまった。引っ越し日のトラックの状況を確認するのが、一番先ではないだろうか?さんざん、見積もりをした挙句、トラックの手配ができないから、受けられませんとは、開いた口が塞がらなかった。

 ただ、これによって、S社の営業のいっていたことが、真実味を帯びてきた。6月の横浜は住宅の新規購入が増え、そのため引っ越し業者は大忙しということのようだ。これは、マイナス金利の影響であろうか?確かに、住宅を購入するなら金利の低い現在は、絶好期といえる。

 となると、引っ越し業は大手を選んだほうがいいかもしれないと思った。Q社は地元の中小だった。大手なら、トラックの手配も何とかするはずである。あまり気は進まなかったが、A社に見積もりを依頼することにした。気の進まなかった理由は、A社の不当解雇やパワハラの実態を知ったからである。しかし、この状況では、そんなことをいっていられなくなった。とにかく、こちらの希望日に引っ越しできる業者を探さなくてはならない。それに、A社の社員自体は悪いわけではない。悪いのは経営陣なのだと思うことにした。

 Q社の営業の帰った後、すぐにA社に見積もりの依頼の電話をかけた。すぐに、住所と引っ越し先、引っ越し日、そして現在、住んでいる部屋と引っ越し先の家の間取りを訊かれた。そして、いきなり「料金は8万円でいいですか?」と訊いてきた。突然なので、驚いたが、いい数字だったので「ええ」と応えると、トラックの配車状況を調べて折り返しということになった。やはり、混んでいるらしい。数分後、電話がかかって来た。それによると、横浜の営業所のトラックはすでに空きはないが、川崎で2台空きがあったので、それを押さえたという。

 すでに、契約をしたかのような口ぶりに不安になった。そして、今、だいたいの見積もりをするので、部屋の中を見回して、運ぶ物を伝えてほしいという。僕は玄関から順々にあるものを伝え始めた。だいたい、伝え終えると、「それでは明日、箱をそちらに持っていきます」といわれた。「まだ、契約するとはいっていません、それに正式な料金も聞いていない」というと、「料金ははじめにいった8万円です」と言われ、契約ということになった。

 それにしても、全く部屋を見に来ないで、いきなり8万円という数字が出て来たのには驚いた。それも、ほとんどこちらの希望額なのだから、心の中を見透かされているような気分になった。翌日の午前中、電話で話した人とは違う若い男性がダンボールを持ってきた。彼は、昨日の電話の内容を確認するように、運ぶ物を見て回ったが、いかにもおざなりといった感じで、10分ほどしかいなかった。引っ越し当日が、ますます心配になったが、それは杞憂に終わった。引っ越し自体は、スピーディーに終わり、何のトラブルもなかった。(2016.7.29)




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