エスカレータ

 朝、会社へ向かう途中、オフイスなども入っている大型商業ビルの中を通っている。駅から高架のプロムナードを歩いていき、そのビルの二階に入り、エスカレータに乗り、一階に降りて、会社へ向かうのだけど、ここ最近、その下りのエスカレータの前で、苦労している女性とよく出会う。

 その女性は老人といえなくもないが、決して高齢というわけではなく、六十代前半くらいだろうか?小柄で歩いている分には、特に足が悪いとか、腰が曲がっているとかいうことはなく、むしろ、年齢の割にはしっかりとした足取りである。しかし、下りのエスカレータの前に来ると、立ち止まり、足を恐る恐る出して、また、引っ込めてということを繰り返し、エスカレータに乗ることができない。

 エスカレータの横の手すりをしっかりと握り、右足をエスカレータにかけるが、そのままうまく乗ることが出来ず、持っていかれそうになる足を引っこめ、また、同じように繰り返すが、怖くて手を手摺から離すことができないようである。

 見ていて、大変、危なっかしいので、お手伝いしようかと何度か思ったが、どう手伝っていいのかわからず、また、下手に手伝ったりして、転んでケガでもされたらと考えると申し訳ないが、見て見ぬ振りということになってしまう。そして、女性は結局、エスカレータに乗ることを諦め、少し離れたところにあるエレベータに向かう。実は、いつも何気なく乗っているエスカレータだが、うまく乗るには技術が必要なのである。

 止まっているエスカレータを階段のように歩いて上ろうとしたときに、前につんのめってしまうことがよくある。僕は、これはエスカレータの段差のせいだと思っていたのだけど、そうではなく、動いているエスカレータを脳が記憶しており、無意識のうちに体の重心を前に移動させるからだという。そのため、止まっているエスカレータを上ろうとすると前につんのめって転んでしまったり、或いは下ろうとすると転げ落ちそうで何となく怖かったりするのである。

 したがって、慣れていない人がエスカレータに乗ると、後に倒れそうになる。僕たちは、子供の頃から、エスカレータに親しんでいるため、無意識のうちに重心を前に移動させて、何のこともなく乗れるのである。恐らく、現代社会では、このように無意識のうちに、脳が体に指令を出して、何気なく乗り切っていることが多くあるはずである。

 ネットで調べてみたら、下りのエスカレータが怖いという人は意外と多かった。今まで乗れていたのに、急に怖くなって乗れなくなってしまったという人もいた。一度、怖いと思い込んでしまうと、それを克服するのは、なかなか大変である。

 さて、冒頭の女性だけど、先日、及び腰でちょっと危なかったが、ついにエスカレータに乗れた。それは、あっという間だった。エスカレータに足をかけ、今までだと、何回も足を出したり、引っ込めたりして、結局、断念ということになっていたのだが、意を決したように手を手摺から離し、一回の躊躇もなく、乗っていった。

 それにしても、気になるのは、何故、あの女性はエスカレータに乗ろうと必死になっていたのだろうかということだ。加齢により、動いているエスカレータに乗るのが困難になることは誰にでも起こることだと思う。他に手段がないのならともかく、すこしいったところにはエレベータもある。実際に、エスカレータに乗ることを諦め、エレベータに何度も女性は向かっていた。しかし、エスカレータに、乗ることを諦めず、努力を続けた。それは、ただエスカレータに乗るということだけでなく、自分の加齢に対する挑戦のようなものもあったような気がする。

 ちなみに、エスカレータに乗るとき、急いでいる人のために、どちら側を空けるのが正解だと思いますか?関東では左側に乗って右側を空け、関西では右側に乗って左側を空けるらしい。しかし、これはどちらも正しくないそうです。なぜなら、エスカレータを歩いてはいけないからです。(2015.5.15)




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