きのこの山

 同じ部署で働いているYさんは二十五歳の独身女性で、会社をリタイアして年金暮らしをしているお父さんと二人で暮らしている。お母さんはYさんが高校生の頃、他界し、他にはお姉さんが一人いるのだけど、イラン人と結婚して、現在はテヘランに住んでいる。どのような出会いだったのだろうと訊いてみたら、そんなにロマンチックな話でもなかった。

 そのイラン人は日本に出稼ぎに来て、働き始めた食品会社の工場にYさんのお姉さんも勤めていたというわけである。ただ、日本とは文化も生活習慣もまったく違うイスラムの国で暮らしていくのは相当の覚悟がいったのではないかと想像できる。その覚悟をさせた相手のイラン人男性はよほど魅力的な人だったのだろう。

 イランに住んでいるお姉さんから、「いい人がいるから」とイラン人を紹介されることもあるらしいが、イランで生活することは考えられないと断っているという。まあ、紹介された男性は‘四十を超えたおじさん’だったそうだから、そちらの方が大きかったのかもしれない。

 さて、そんなYさんとお父さんの生活だけど、夕食はお父さんが作ってくれるそうである。だから仕事からYさんが帰ると、すでに夕食の支度ができているという。「いいお父さんだね」というと、彼女にはそれなりに不満があるらしい。そのひとつがレパートリーの少なさである。お父さんの作る料理に興味があったので「どんなもの作るの?」と訊いたら、「焼魚と生姜焼きと…」とあとは言葉に詰まってしまったが、全部で五種類くらいだという。

 そして、もうひとつはレパートリーの少なさに関係しているのだが、同じメニューが一週間続くことである。生姜焼きなら生姜焼きが月曜日から土曜日まで続くという。料理で一番頭を悩ませるのが、「今晩何作ろう」ということなのだと思う。恐らくYさんのお父さんが料理を始めたのは会社を定年退職した後だろうから、毎晩作るものを変えられるほど慣れてはいないのだろう。毎日同じメニューなら、日曜日の夜に一度だけ、考えれば済んでしまう。それに材料を使い切るという問題もあるかもしれない。

 毎晩、メニューを変えるということはそれに使う材料も違ってくるし、余った材料同士を組み合わせて、何かを作る必要性もでてくる。これは料理に慣れ、レパートリーがある程度なければ難しいように思う。二人暮らしだとどうしても野菜などは一日で使い切れない。だから、翌日も同じメニューの方が楽なのである。昨年、僕も妻がペルーに帰ったときは、肉野菜炒めを作ると野菜を消費するという観点から、二日連続ということになったりした。

 夕食についての不満は以上の二点らしいが、もうひとつ大きな不満があるという。それは、‘きのこの山’だそうである。そう、あの明治製菓のキノコのいしづきをイメージしたクラッカーにかさの形をしたチョコレートがついているお菓子の‘きのこの山’である。

 家に帰ってくると、‘きのこの山’が毎日、テーブルの上に置かれているのだという。他のお菓子は一切買わないそうである。やや肥満気味のYさんが、お父さんに「もう、買ってこないで」と懇願しても、家に帰るとテーブルの上には‘きのこの山’。想像だけど、Yさんが子供の頃、‘きのこの山’が大好きで、それをお父さんにいったりしたのだろう。それを覚えていたお父さんは、夕飯の支度をするようになってから、スーパーに買物にいくと、娘が大好きだといっていた‘きのこの山’が目に入り、ついつい手が伸びてしまうのではないだろうか?

 他のお菓子には目もくれず、娘の好きだった‘きのこの山’だけを買い続けるというのは男親の愛情表現の不器用さだと思うから、優しい目でみてあげてほしい。そういえば、妻の父親も毎日、妻と弟のお弁当を店の忙しかった母親に代わって作っていたという。そして、中身は毎日同じ鶏肉のサンドイッチだったそうである。(2014.5.18)




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