鋸山ハイキング 前編

 年の暮、妻と鋸山に行った。何故、鋸山だったかというと、単純に船に乗ってみたかったのである。現在、住んでいる横浜から船で何処かに行くとすると、久里浜から東京湾フェリーに乗って金谷まで行くルートが一番身近だった。

 午前10時に家を出て、京急に乗り久里浜に着いたのは、11時くらいだった。京急久里浜駅からフェリー乗り場までどのくらいの距離があるかわからなかったが、それほど遠くはないだろうと歩いて行くことにした。途中に標識があり、そこにはフェリー乗り場まで1800mとなっていたので、バスに乗らなかったことを後悔した。ただ、天気は快晴でやや寒いが気持ち良く、街歩きは好きなので、初めての久里浜の街を興味深く見ながら歩いた。

 フェリー乗り場には、11時半くらいに着き、フェリーの時刻表を見ると、出航したばかりだった。次は12時20分発なので、50分近く待たなくてはならない。ただ、待っているのももったいないし、朝から何も食べていなかったので、フェリーターミナルの食堂で、食事を取ることにした。

 食堂の入口には2台の券売機があり、ひとつはそば、うどん、ラーメンなどの麺類、もうひとつはカツ丼やカレーライス、生姜焼き定食などのご飯ものだった。フェリー乗り場までの道すがら、ラーメンが昼食として何となく頭に浮かんでいたが、鋸山ではかなり歩くことになりそうだったので、僕はカツ丼、妻は豚角煮丼にした。

 しかし、何度、券売機に1000円札を入れても、戻ってきてしまう。よくみると、「1000札を受け付けない場合は、カウンターまでおこしください」と張り紙があり、カウンターに行き、そこにいた若い女性従業員にそのことをいうと「隣の券売機に1000円札を入れ、おつりを押すと500玉2枚が戻ってきますので、それで対応してください」といわれた。

 そうしてようやく食券を買い、食堂に席に着き、時計をみるともう11時55分を過ぎている。カツ丼と豚角煮丼は比較的早く出てきたが、急いで食べ、乗船口に向かうと、すでに乗船が始まっていた。フェリーは1階と2階に客室があり、3階はデッキになっている。快晴なのでデッキに出て、しばらくの間、風景を見回していたが、寒くなり2階の客室で過ごすことにした。

 売店でコーヒーを買い、座る場所を探したが、客室は想像以上に混雑していて、なかなか空いている席がないほどだった。家族連れが多く、金谷港まで片道700円と割安なので、利用する人は多いのかもしれない。4人掛けの席を1人で使っていた男性が席を譲ってくれたので、何とか座ることができた。この日はやや風が強かったせいもあるのか、フェリーは思いの外、揺れた。船尾側の窓から見える水平線が、大きく上下していて、それを見ていると酔いそうになるので、できるだけ横の窓から見える景色をみていた。

 フェリーは40分で、金谷港に着いた。近くのコンビニで飲み物を買った後、鋸山ロープウエイ乗場に向かった。国道127号を歩き、ロープウエイ乗場の看板のところを左折して細い道に入ると、車が渋滞していた。銀山ロープウエイの駐車場に入る車が、順番待ちをしていたのである。駐車場は満車のようで、思いの外、観光客が来ているようである。

 鋸山に行く場合、登山道路を使って車でも行けるが、有料で1000円である。ロープウエイだと往復券900円なので、100円お得ということになる。また、保田方面からは観光道路があり、ここは無料なのだが、鋸山の麓で頂上までは延々と階段を上らなくてはいけない。僕と妻以外の同じロープウエイに乗り合わせた人は、全員、往復券を買っていた。何故、わかったかというと、往復券を買った人は写真撮影のサービスがあるからである。この日は、10分間隔で運行されていたので、ほとんど待つことなく、ロープウエイに乗り込むことができた。

 ロープウエイからの景観は、素晴らしかった。石切りのため、垂直に切られた岩肌が、周囲の荒々しい周囲の景色に溶け込んでいた。反対側からは東京湾が一望できる。ロープウエイは5分で山頂駅に着いた。山頂駅には土産物屋や食堂、石切りの資料館などがあるが、真っ直ぐに日本寺の西口管理所に向かった。山頂の展望所からは、海に浮かぶような富士山も見え、関東富士見100景にも選ばれている。

 日本寺の西口管理所までは、下り坂である。西口管理所で日本寺の拝観料600円を払い、寺院内に入った。まずは、山頂から切り立つ崖に彫られた百尺観音に向かう。緩やかな上り坂の道を歩いて行くと、二股の分岐があり、向かって右側の階段を上って行くと、鋸山最大の見所の‘地獄のぞきが’あり、左側の道を入って行ったところに、百尺観音がある。

 百尺観音に向かう道は、両側が切り立った崖になっており、その崖の間から‘地獄のぞき’の突き出した岩場が見える。その左側の崖に、百尺観音が彫られているのである。崖に彫られた石像は、異国的で破壊されてしまったアフガニスタンのバーミヤンの巨大仏像を思わせる。辺りは陽も遮られ、暗く静かな空間で、神秘的な雰囲気である。百尺観音の前にはベンチも置かれ、そこに座って石像を見上げていると、不思議と気持ちが落ち着いてくる。

 来た道を引き返し、今度は‘地獄のぞき’に行く階段を上った。百数十段の階段を上ると、展望台に出て、その先に、‘地獄のぞき’の飛び出した岩がある。‘地獄のぞき’とは垂直に切り立った崖の最上部に突き出た岩場があり、そこから下をのぞくことができるようになっている場所である。突き出した部分の幅は、ほぼ人一人分しかなく、空中に浮かんでいるような感覚になる。この日、僕は、ここで大きなミスをしてしまったのである。つづく…(2014.1.10)




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