職場環境改善騒動顛末 後編

 土曜日の出勤がなくなったことについては、収入は減るが、自由な時間が増えたので、かえってよかったと思っている。平日の残業の減るのは、正直、痛いが夜間のアルバイトは毎日来るわけではないので、うまく調整すれはそれほどのダメージにはならない。機械のメンテナンスもやらないで済めばそれでいいのだけど、「こちらでやる」といっても、ほとんど何もしないので、目を盗んで最小限のものだけを行っていた。

 十二月の中旬になって、いきなり部長がNさんを伴って作業部屋に入って来て、「何やらごちゃごちゃいっているようだけど、きちんと話をしよう」と言い出した。「ごちゃごちゃなどいっていません。ただ、有機溶剤を使っているので、換気をしっかりとしたいだけです」というと、「わかった、わかった」といいながら、作業部屋の隣にある会議室に連れていかれた。

 「Nさんが君のことを手に負えないと困っている。湿度が下がったり、直射日光が当たったら、作業に支障の出ることくらいわかるよな」
 「だからといって、換気扇を外す必要はないと思います。湿度が下がったら、別の方法で上げればいいだけだし、直射日光だっていくらでも防ぐ方法はあるでしょう?」
 「それはわかっている。加湿機をもう一台置いてもいいしな。君の言うことにも一理あるから、換気扇の位置を移動するなど、早々に工事させます。だけど、労働局とか穏やかじゃないじゃないか?うちの会社にも専属の弁護士や労務士はいるし、そうなるのもキミだっていやだろ?」

 どうも、というか、やはり、Nさんは自分に都合のいいことしか話していないようである。会社としては社員の言い分のみを聞いて、パートの言い分は無視していいと考えているのだろうか?
 「それでな、とりあえず年内は今の仕事を続けてもらって、年が明けたら、前にやっていた仕事に戻ってもらおうと思っているんだが?」
 「前にそのことをいったら、他に仕事はないと言われましたが?」
 「いや、それは、私が決めればいいことだから。ただ、前の職場で同じ仕事をしている他のパートさんを怒鳴ったことがあるそうだな?」

 この質問には、びっくりした。部長が言っているのは、もう一年くらい前の話で、怒鳴った覚えはないが、きつく注意したことはあった。それを何故、今頃、持ち出してきたのか?さらにいうと、僕に注意されたパートさんはそのことをNさんにいい、そのことをNさんが部長に恐らく最近になって報告していたということである。
 「怒鳴った覚えはありませんが」
 「いや、でも相手はそう感じているんだよ。パートはキミだけじゃないからな。仲良くやってくれよ。今度、そのようなことがあったら、本当に考えなくてはいけなくなるからな」

 今度そのような‘揉め事’があったら、解雇する可能性があるということ言下に匂わせた。この話も、僕の言い分を聞かず、‘怒鳴られた’と訴えたパートさんの言い分を全面的に採用している。もっとも、そのパートさんが、‘怒鳴られた’とNさんにいったかどうかとなると、かなり怪しい。現に僕は怒鳴った覚えなどなく、恐らくは‘怒られた’といったのを、Nさんが‘怒鳴られた’と表現を一段強めたのだと思う。

 それにしても、Nさんの問題処理能力の低さには呆れる思いがしている。少し知恵を出せば、いくらでも妥協点はあったはずなのに、「換気扇を撤去する」とか「嫌ならやらなくていい」とか、極端な言動を繰り返し、問題を深刻化させてしまった。部長に報告したのは、僕が‘不当解雇’や‘労働局’と言い出したので、自分の手に負えないと、怖くなったものと思われる。もともと器の小さな人間だと思っていたが、気も小さかったようである。

 それにしても、作業部屋の換気扇を点けるか、消すかだけで、思わぬ方向に事態が、いってしまったものである。来年から、元の職場で…と部長は言ったが、そこも人手は足りているようなので、表題に‘顛末’と入れたが先行きはまだまだ不透明である。どうなるかはわからないが、僕としては頭を上げ、前を向いて、正しいと思われる道を淡々と行くしかない。(2013.12.22)




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