海芝浦駅へ行く 前編

 土曜日、かねてから行ってみたいと思っていた鶴見線海芝浦駅に行ってきた。ここは関東の駅百選にも選ばれ、海に一番近い駅ということになっている。(海に一番近い駅というのは他にもあるらしい)

 海芝浦駅は特殊な駅である。まず、東芝の社員または関係者以外は、駅の外に出られない。改札がそのまま工場の入口になっているのである。したがって一般客は、Suicaがあれば、出口専用の簡易Suica改札機にタッチした後、その先にある入口専用の簡易Suica改札機にタッチして戻るしかなく、切符の場合は、守衛詰所前の自動券売機で切符を購入する。万が一、終電を逃してしまったら大変である。当然バスやタクシー、徒歩など帰るための代替手段はなく、始発が来るまで駅で待つことになる。また、東芝により、駅に隣接する形で、海芝公園という小さな公園が作られている。

 9時20分鶴見発海芝浦行きに、乗車した。三両編成の車内は空いていたが、それでもぽつりぽつりという感じで、乗客がいた。ほとんどが男性で、その姿格好からみんな東芝の社員に見えて来て、物見遊山にいく自分は肩身の狭い思いがする。自分の目的が周りの人間にバレたら、袋叩きにあうのではないかといった強迫観念もわいてきて、遊びに行くにしては、妙な緊張感があった。ホームから電車の写真を撮ったりしていた男の子と母親の二人ずれが、乗り込んで来たので、多少心強くなった。

 鶴見を出発すると、降りる人はいるが、乗り込んでくる人はほとんどいなかった。海芝浦に行くのは東芝の社員またはその関係者か、海芝浦駅が目的の客しかいないわけだから、当然といえば当然かもしれない。扇町方面の乗り換えとなる浅野駅では多くの乗客が降り、車内にいる人間は数えるくらいになった。

 浅野を出て新芝浦に向かうと、もう、進行方向の左側には海が広がる。旭運河である。対岸には、コンビナートの連なる景色が広がっている。空はどんよりと曇り、灰色の海とほとんど人のいない車内と合わせて、寂寥とした雰囲気でたまらなくなる。

 新芝浦を出た後、旭運河を沿いに電車は進み、京浜運河に回り込むような形で海芝浦に到着した。電車に乗っていた人々が一斉に降りる。僕と同じように‘観光’に来た人もいるようで、さかんにホームから写真を撮ったりしている。海に一番近い駅ということだが、ホームの真下はもう海で、強い潮の香りが漂ってくる。ホームの対岸には扇島があり、昭和シェルの石油基地湾岸線つばさ橋、JFEの工場などが見える。

 隣接している海芝公園に行くと、鶴見駅で見かけた母親と男の子が海をバックにして、写真を撮っていた。最近増えているというママ鉄、小鉄のようである。公園の木々に埋もれるように海に面して設置されているベンチには、初老の男性が腰かけて、海をぼんやりと見ていた。

 東芝関係者以外で、降りた人は僕を含めて5人だった。みんな思い思いに動き回ってはいるが、何せ移動できる場所はホームと小さな公園しかないので、何度か顔を合わせ、気まずい感じである。しかし、基本的には、静かに時が流れ、落ち着いて過ごすことが出来る。京浜運河は、時折り船も行き交い、不思議と飽きることない風景である。扇島と大黒ふ頭を結ぶつばさ橋の上空の雲が薄くなり、幾本もの陽が降りそそいでいた。

 9時31分に海芝浦に着いた電車は10時に出発する。これに乗らないと次の電車は12時発なので、2時間も待たなくてはいけなくなる。一本乗り過ごすと、次の電車がくるまでの約1時間40分の間、完全にひとりだけの時間を持てる可能性が高く、ひとりになりたい人にはいいかもしれない。数人の乗客を乗せ、電車は鶴見に向かって戻り始めた。

 海芝浦の後は、鶴見線を巡る小旅行をしようと思っていたので、浅野駅で下車した。浅野は、鶴見から行くと、海芝浦方面と扇町方面の分岐の駅に当たり、それぞれのホームがイの字型に交差している。駅舎に趣があり、写真を撮っているうちに、扇島行きの電車が行ってしまった。しかし、もともと浅野から武蔵白石を経由して、大川までは歩くつもりだったので、それほど気にはしなかったが、後から思うとこれが失敗だったのである。つづく…(2013.11.17)




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