妻に保証会社のことを伝えた。妻は僕以上に憤慨し、保証会社とは契約しないということで一致した。しかし、翌日になり、多少冷静になった妻は、これからまた新しい物件を探すのは大変だし、部屋自体は気に入り、それほど高い金額でもないから、保証会社と契約した方がいいと言い出した。 僕自身も、また振り出しから始めるのはしんどいし、無駄な出費だけど、早くケリをつけてしまった方がいいような気もした。気の変わらないうちに仲介業者に承知する旨を伝えようかと思いもしたが、もう、一日じっくりと考えることにした。 翌日、仲介業者は休みだった。水曜日に休みの不動産屋が多いのは、契約が水に流れるというのを嫌うからだそうである。仕事をしながら、保証会社のことばかり考えていた。今の住居に越してきてから、いや、その前も含めて家賃を滞納したことなど、一度もないし、パートいう身分でも現在のところは審査が通ったのである。今度、借りようとしている部屋はそれよりも家賃は低い。 諦め気分だった心の中に、また、怒りに似た気持ちがふつふつと沸いてきた。その物件を所有している不動産屋は或る大手住宅会社の子会社で、審査がかなり厳しいということだった。また、仲介業者の女性社員は、僕が保証会社への加入について文句をいったとき、初めの方の物件だったら、たぶん大丈夫でしょうけど…ともいっていた。 保証会社と契約しろというのは、僕が家賃を滞納する恐れがあると判断されたからで、スーパーへ買い物に行ったとき、「あなたが、万引きする可能性はゼロとはいえないので、保証金をいただきます」といわれているようなものである。 やはり払うべきではないという気がした。部屋自体は始めに見学した物件の方がよかったのである。問題は日当たりの悪さだが、何とかガマンできるレベルだった。家に帰ってから、妻と話し合い、始めに見た物件にすることした。 翌日の昼休みに仲介業者の女性社員から電話がかかって来た。保証会社は受け入れられないこと、そして、始めの物件の方に申し込みたいことをいった。彼女が代筆をして、申込書を提出することになった。 審査は早く済むようなことをいっていたが、三連休を過ぎても何の返事もなかった。恐らく三連休中は他に‘優良な申込者’が現われないかと待っていたのではないだろうか?保証人になっている妻の姉のところに管理会社から、電話があったのは連休最終日の月曜日の夜だった。 火曜日の夕方になって、ようやく仲介業者から電話が入った。概ね審査は通ったが、まだオーナーの了承がとれていないので、木曜日には結果がわかるということだった。どうやら、やっと落ち着き先が決まったとほっとした。 木曜日の昼休み、仲介業者から電話があった、審査に通ったという報告だと思っていたら、もう一人連帯保証人をつけてほしいという。義兄はもうすぐ定年になるからということだった。弟が働いていれば、何の問題もないが、彼は現在無職だし、親も高齢で保証人として認めてくれないだろう。最近、交流といえば年賀状の交換だけとなってしまったが、三十代前半くらいまで、濃密な付き合いのあった従弟に頼むしかなかった。 夜、従弟に電話して、今度借りる部屋の連帯保証人になってくれるようにいった。保証人という言葉を聞いてから、彼の声のトーンが明らかに変わったのがわかった。了承してくれたが、質問にもぞんざいな感じの答え方になり、何度も訊き直さなくてはいけないこともあった。彼が了承してくれたことと、彼の個人情報を仲介業者にメールで知らせた。 翌日の夜、仲介業者から電話があり、従弟が連帯保証人になったことの確認がとれれば審査は通るということだった。ただ、従弟の仕事が現在忙しいため、確実に連絡の取れる時間帯として九時以降としていた。そうなると、連絡の取りようがないので、携帯の番号を教えてほしいといわれた。 昨日の電話の様子から、また従弟に電話をするのは気が重かった。しかも、訊くことといったら、携帯の番号だけである。何とか気持ちを奮い立たせて、九時少し前、電話をかけたが、何度コールしても誰もでなかった。やがて電話は、ファックスに切り替わり、近くにいませんのでおかけ直しくださいというメッセージが流れて切れた。 イヤな気がした。三十分ほど経ってから、かけ直してもまた誰も出ることなく、ファックスに切り替わり、そしてメッセージが流れて、電話は切れた。さらに、一時間後にかけても同じだった。この時間帯に彼も奥さんもいないという状況は、あまり考えられない。昨日、電話したとき、従弟は風邪で体調が悪くて会社を休んだといっていた。忙しい時期に会社を休む程の風邪を引いて、翌日の夜、夫婦そろって出掛けるとは考えづらい。不動産屋か、僕からの電話と判断して、居留守を使っているような気がした。 一日経って、やはり…という思いが強くなったのかもしれない。何の得もなく、責任ばかり重い連帯保証人などというものは、親兄弟以外に頼むべきではないと改めて思った。最近はほとんど没交渉になっていた従弟に頼んだ僕の判断ミスである。頼む方も、頼まれる方もイヤな思いをすることになってしまった。 従弟の連帯保証人を取り消してもらおうと思った。そのことをいうと、妻は従妹のメグにもう一人連帯保証人を請求されたことを知らせた時、夫のミノに頼んでみようかといってくれたといった。異国で生きていくために親戚同士、助け合うのは当然のことで、喜んで保証人になってくれるだろうということだった。涙の出る想いがした。メグに改めて確認をすると、すぐにミノに連絡をしてくれて、必要な情報をメールで送ってくれた。 紙の上での関係はやや遠いように思われるだろうが、これで断られたら仕方ない。仲介業者に電話を入れ、事情をやや脚色して説明し、従弟の連帯保証人を取り消してくれるようにいった。その上で、新しい保証人としてミノのことを伝えたのだが、あまりいい反応は得られなかった。とりあえず住所や電話番号、勤め先などをメールで知らせることになった。彼女が、「保証会社の話もでている」といったので、「もし、保証会社を使う前提であれば、今のところはキャンセルして、別の物件にしたい」というと、「そうですか」とやや緊張した声が返って来た。 二日後の昼休み、管理会社の方から直接僕に電話が入った。保証人との関係を確認し、二、三日中には審査結果を知らせるということだった。あまり意味のない電話に思えたが、受け答えなどによって、僕の人間性を確認したのかもしれない。管理会社は二、三日中にはといっていたが、その日の夕方、仲介業者から審査に通ったと連絡が入った。(2013.2.22) |