雨風の強い日だった。雨戸が戸袋の中で、ガタガタと音を立てていた。僕は寝床の中で、文庫本を読んでいたが、その音が気になって、集中できないでいた。そのうち、妙な音が混じるようになった。それは、風によって戸袋の中の雨戸が揺れているものではなく、何かが階段を上がったところの突き当たりにある収納の裏、もしくは上辺りを動いているような音だった。 カサカサと擦れるような音が、移動していた。僕は勇気を出して、寝床から這い出て、収納を開け、そこにかかっているハンガーで、収納の上と裏側を叩いたが、何の反応もなかった。何かがいれば、音に反応すると思ったのである。気のせいだったかもしれないと、自分を納得させ、再び寝床に戻り、耳を澄ましていたが、その後は、ただ、雨戸の揺れる音がするだけだった。 それから、数日後、二階でパソコンをしていると、天井裏を何かが走っている足音が聞こえた。前の時は、隙間風によるいたずらかもしれないと無理に自分を納得させたが、間違いなく、天井裏に何か生物がいるらしい。 今の家に引っ越してきた当初、台風が来て雨戸を閉めようとしたとき、そこにへばりついていたヤモリが部屋の中に落ちて来たことがあったが、ヤモリが天井裏にいたとしても、その足音が聞こえるということはないように思う。ストロークが短く、軽い足音の感じから、ネズミのような気がした。 妻も一階で、壁の中を何かが動く音を聞いたという。それを考えると、一階の何処かに隙間があり、そこから壁の中を伝って天井裏に抜けているのかもしれない。ただ、足音は頻繁するわけではなく、夜、たまに聞こえる程度なので天井裏に棲みついている可能性は低いように思う。それにしても、不気味なことに変わりはない。 子供の頃、住んでいた家には、よくネズミが出た。一階の、引き戸が齧られたり、おじいさんの飼っていたジュウシマツが、食い殺されたこともあった。それは、僕の家だけでなく、当時の東京の家では、よくあることだった。友達は、ランドセルを半円状に齧られ、そのまま使い続けていたし、カゴに捕えたネズミを始末するのに、カゴの取手の部分にロープを括り付け、それを川に沈めている住人の姿もよく見た。最近ではネズミだけではなく、害獣として、ハクビシンやアライグマといった類のものも増えて来ているらしい。 子供のとき、路上でサソリらしきものを見たことがある。驚いた僕は、家にとんで帰り、親に報告したのだけど、この辺りにサソリがいるわけないと相手にされなかった。そのときは、何かの見間違えだったのだろうと、自分を納得させたが、今、考えてみると、或いは誰かの飼っていたものが逃げ出したということだったかもしれない。都会では、いろいろな生物を飼っている人がいるから、そういったものが逃げ出したり、或いは故意に捨てられたりして、閑静な住宅街を徘徊するということは十分にありえる。 それにしても、何でネズミが家の壁の中や天井裏を徘徊するようになったのだろう?現在の家には六年暮らしているが、初めてのことだ。冬の寒さから逃れるため、老朽化した家の隙間から、入り込んだということなのだろうか?ただ、ネズミが棲みつかない理由はわかる気がする。家の二階には暖房器具が無い。そのため、天井裏は雨風はしのげるだろうが、気温は外と大して変わらない。ネズミも居心地が悪いのだろう。そういえば、足音のした日は、ほとんど雨だった。(2012.12.4) |