セクハラおやじ

 繁忙期に合わせて入ってきた短期パートさんたちの親睦会が会社近くの中華料理屋で行われた。僕はこういうのは苦手なので参加しなかったが、ほとんどの社員と多くのパートさんが出席した。特に席などは決まっていなかったらしいが、だいたいみんな、いつもいっしょに仕事をしている人たちとテーブルを囲んだようである。その中で社員のNさんはどういうわけか、違うフロアの人たちといっしょに座っていたという。

 Nさんの隣には最近仕事上の関わりができた二十代の女性が座っていた。そして、いつしかNさんの手はその女性の太ももと摩っていたという。触られている女性は抗議することもできずにいたので、同じテーブルにいたベテランのパートのSさんが見かねて、Nさんに「もう止めてください」と注意すると、Nさんはトイレに行くといって席を立ち、トイレから戻った後は別のテーブルにいってしまったという。

 この話を妻から聞いたとき、にわかに信じられない気がした。というのも、いままでNさんのそのような悪い噂を聞いたことはなかったし、また、そんなことをする人には思えなかったからである。ところが、親睦会のこの出来事は思わぬ方向へ動いていくことになった。このことが半ば公になり、Nさんによる他の被害者が表面に出てきたのである。

 ことの発端は、親睦会でNさんに注意したSさんだった。彼女は仲のいいRさんに親睦会での出来事を話した。親睦会でのNさんの行為に気づいた人は同じテーブルに座っていたごく少数の人たちだけだった。行為はテーブルの下で行われていたため、同じテーブルに座っていても反対側の人は、何があったのかわからなかったようである。RさんはNさんと同じ部署で働いているこれまたベテランの女性パートさんで、親睦会にも出席していたが、他のテーブルに座っていた。

 話を聞いたRさんは自身の体験をSさんに話した。それは今年の一月のことだったという。Nさんからお客さんと親睦を深めるため、飲みにいくのだが、Rさんも同席してほしいといわれたそうだ。女性のいたほうが、何かと話が弾むと思ったらしい。お客さんは二人で、彼らと対面する形でNさんとRさんが並んでテーブルにつき、座るとすぐにNさんはRさんの太ももを触ってきたという。

 その手は時間の経過と共に上がってくる気配を示し、Rさんは必死でそれを押さえていたが、お客さんのいる手前、どうすることもできず、我慢するしかなかった。飲み会の終わった後、Rさんは会社に置いたままになっていた自転車で家に帰ろうとすると、Nさんが送っていくよと迫り、断るRさんの手を強く握って来たので、振り切って何とかその場から逃げたということだった。

 しかし、被害を受けていたのはRさんだけではなかった。やはり、同じ部署で働いている二十代の既婚女性のMさんは、しつこくNさんから食事に誘われていた。あまりにしつこいので、一回行けば気が済むと思い、仕事の終わった後、食事に行くことにした。高級なレストランで食事をした後、Nさんはカラオケに行こうといってきた。しかし、小さな子供のいるMさんはあまり遅くなることはできず、断ると、Nさんは腕をつかんで強引にカラオケ店まで引っ張って行こうとしたらしい。Mさんは当然抵抗して、路上で引っ張り合いになり、通行人が好奇の目で見ていくような状況に、恥ずかしくなったMさんは一曲だけという約束でカラオケ店に行くことに同意した。

 カラオケ店の個室に入ると、Nさんはすぐに体を密着させてきたので、これは、まずいと思ったMさんが帰りますというと、今度はキスをしようと口を近づけてきたという。気持ち悪くなったMさんは、何とかNさんを払いのけて、カラオケ店から逃げ出したそうである。

 このことをMさんはすぐに職場の先輩であるRさんに相談した。Rさんは自分も被害を受けていることを話したが、表沙汰にするのは止めようといったそうである。Nさんの上司にあたる課長に訴え出るということも思わないわけではなかったが、あまり期待できない気がしたという。表沙汰になった場合、Nさんの性格から考えて、仕事に何かと支障が出るのではないかと心配になったらしい。会社に居づらくなった場合、年齢的にも、他に仕事を探すのは大変だと考えたようだ。

 それにしても、何でNさんはこのようなセクハラおやじになってしまったのだろう?現在わかっている限りでは、最初の被害者が出たのは今年の一月である。忙しい時期を過ぎ、やや仕事も一段落した頃だ。暮れの忘年会の席でNさんは課長から、忙しい時期を社員ひとりで乗り切ったことを称賛されたという。上司から高い評価を受け、自分が偉くなったと勘違いしてしまったのだろうか?上司が褒めたのは、あくまでも仕事をよくやったというだけで、それ以上でも、それ以下でもない。Nさんの人間性を称賛したわけではないのである。

 或いは、忙しさから、精神に変調をきたし、ハレンチ行為を繰り返すようになってしまったとも考えられる。NさんがセクハラをしたRさん、Mさんとも可愛いタイプで、特にMさんは以前からのお気に入りだったようである。彼女たちに対する欲望が肥大化し、抑えが効かなくなってしまったのだろうか?

 今度のことを受けて、Sさん、Rさん、Mさんが主体となって女子会が開かれた。そこで同じテーブルに座っていたもう一人の年配の女性パートさんの発言が取り上げられたという。その年配パートさんは、触られた子はイヤじゃなかったのではないかといっていたらしい。しかし、あのような状況で触られることがイヤではない女性がいるとは僕には思えない。女子会でも、イヤといわなかったのは、どうしていいかわからなかったからだという意見が大半だったそうだ。

 その年配パートさんは恐らく触られた子より、自分のことを大事に考え、Nさんの肩を持つ発言をしているように思う。電車の中で痴漢をされ、怖くて声を出せないでいる女性を、感じているからだと断じるバカな男と変わりない。ともあれ、女子会の結論は、今度被害を受けたらきっぱりと抗議するということになったそうである。(2012.11.3)




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