好きでもないのに…

 社員の佐山さんがパートの恭子さんに、お付き合いしてくださいと告白した。佐山さんは四十二歳の中堅社員、恭子さんは入社三年目の三十一歳である。ふたりは、顔見知りではあるが、違う部署なので、会話をする機会は仕事の受け渡しをするときなど限られていたようである。突然のことに恭子さんは驚いたようで、断った。

 しかし、その後、ふたりが私的に食事などにいっているという話が聞こえてきた。お付き合いを断ったはずなのに…と不思議に思っていると、どうも友達としてなら…ということになったらしい。そして、それから一月経ったか経たないうちに、ふたりが結婚を前提にお付き合いしているという情報が入ってきた。

 何故、僕がふたりのことを詳しく知っているかというと、佐山さんが恭子さんとのことをパートで友人の彩さんに逐一相談していたからである。彩さんは僕より古いパートさんで、以前は結婚していたが、数年前に離婚し、現在はアパートで独り暮らしをしている。彩さんと妻は親友といってもいいような間柄で、妻を通じてふたりの成り行きが僕に伝わってきたのである。

 佐山さんが彩さんに相談を持ちかけた理由は、古くからの知り合いということもあったろうが、彩さんは恭子さんと同じ部署で働いているので、例えばお付き合いしている人がいるかなどいろいろと情報を得られやすいということだったようだ。告白も、彩さんの「あたって砕けろ」という助言によるものだったそうである。

 彩さんは恭子さんにお付き合いしている男性はなく、口癖のように「早く結婚したい」といっていたのを聞いていたので、それで積極的にいくように佐山さんにいったらしい。佐山さんも独り身の寂しさから逃れたいと思う気持ちが強く、やはり早期の結婚を望んでいたようである。ふたりの精神状態がシンクロして、一気に話が進んだみたいだ。

 ところが、突然、ふたりが別れたという話が漏れ伝わってきた。どうも、恭子さんの両親、特に父親がふたりの年齢が離れていることに懸念を示し、結婚に反対しているということだった。「父が結婚に反対している」と恭子さんから聞いた佐山さんは、ふられたと思ったらしい。

 ふたりの付き合っていたことは、会社では多くの人が知っており、恭子さんに「別れちゃったの?」と訊く人がいて、不思議なことにそれによって恭子さんは「二人が別れた」という話になっていることを始めて知ったそうである。恭子さんは別れたつもりはなく、ただ佐山さんに「父が反対している」という事実を伝えただけだったのだが、それを佐山さんは別れるための口実と思い違いをしてしまったらしい。

 彩さんがふたりの間を取り持ち、どうにか誤解も解け、ふたりの交際は再開された。父親の反対もそれほど強いものではないらしく、ふたりの交際は順調に進んでいるようだった。それにしても、付き合い始めてから三カ月くらいで、早々と結婚が秒読みのような状態になっていることに、僕は違和感を覚えた。そして、その違和感は現実になってしまった。

 ふたりが別れたということは、妻から聞いた。彩さんの話によると、二人の仲はお互いを家族に会わせるまでに進展していたらしいのだけど、佐山さんのお姉さんにあったとき、恭子さんは「何か面倒臭いな」と感じてしまったそうである。そして、そのまま急激に気持ちが冷え切っていったらしい。

 お姉さんとの面会のとき、何かあったということではなく、お付き合いを続ける気持ちがぷっつりとなくなってしまったという。「お互い、ほんとうに好きになっていなかったのかもね」と彩さんは話していたそうである。

 結婚を考えるケースとして、愛している人がいて、その結果として結婚を考える場合と結婚がしたくて愛せる人を探す場合があるように思う。今回の場合は明らかに後者のケースである。ふたりとも年齢的なものから、結婚願望が強かった。

 普通ならいっしょに遊びに行ったり、食事をしたりして、いっしょにいて楽しいと感じたり、自分に合いそうだと感じたりしてから告白するものだと思うのだけど、一度のデートをしたこともない相手にいきなりというのは、とにかく結婚したいという気持ちが強く出過ぎた結果なのかもしれない。それに対して恭子さんは当然断ったわけだが、せっかく声をかけてくれているだし、少し様子を見ようという気持ちが出て友達としての付き合いが始まったものと思う。

 実際につきあってみると、佐山さんはいい人そうだし、正社員で収入も安定しているし、まあこんなものかもしれないというような気持ちになってきたのだろう。一方、佐山さんも自分よりも十以上も年下のルックスもまあまあの女性なのだから、特に不満は無かったように思う。だけど、それは‘不満は無い’というだけで、それ以上のものにはならなかった。

 お互いの家族に紹介していく段階で、それまでは想像だけだった結婚が、にわかに現実のものとして実感されるようになっていく。想像が現実のものとなる実感の重みにふたりは耐え切れなかった。それは、彩さんのいうように「愛がなかった」ということなのかもしれない。(2012.9.22)




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