ニートな弟

 夕方六時くらいに家の電話が鳴ったので、出ると母からだった。母からの電話は悪い知らせの事が多く緊張が走ったが、用件は母の郷里からスイカが四つ送られてきたので、そのうち二つを弟に持たせたということだった。弟は自転車で三十分前くらいに家を出たという。しかし、母の話したかったことはスイカではなく、弟のことだった。

 母は昨年の十一月、弟の家で同居を始めたが、弟が一日も働きに行かないのだという。ほとんど毎日、家にいて音楽を聴いてばかりで、外出するのは週に二回くらいパチンコに行くだけだそうだ。働いていないのだから、当然、収入はないわけだが、こっそりと弟の財布の中身をみると、十数万円が入っていたそうである。

 そんなことを話している間に弟がやってきた。「コーヒーを入れるから、休んでいかない?」というと、用事があるからとスイカを置いて、そのままとんぼ返りしてしまった。弟の帰った後、僕の方から電話をかけ直して、再び母と話した。

 母の心配は、まず何故、そのような大金を持っているのかということだった。「悪いことしているんじゃないでしょうね?」と弟に訊くと、「そんなわけないだろ」と笑われたという。兄の僕から見ても、弟は犯罪に手を染めるようなことは絶対にないからその心配はないだろうと思う。

 弟は十代の頃からパチンコによくいっていたし、ビデオでパチンコの攻略法を研究していたこともあるくらいだから、その財布に入っていた金はパチンコで取ったもののような気がする。母はパチンコでそんなにいつも勝てるものかと疑問に感じているらしいが、パチンコでマンションを買った芸能人もいるし、パチプロという言葉もあるくらいなので、勉強すればそれで生活していくことは可能かもしれない。

 しかし、本当に心配なのは、ここ数年、全く働いていないということである。僕も弟が失業しているのは知っていた。父の亡くなったとき、弟と一週間くらい交流を持ったが、仕事をしているように、とても思えなかったのである。しかし、その後、アルバイトくらいはしているだろうと思っていた。弟の家は持ち家だし、月に十万稼ぎがあれば、楽ではないだろうが生活はできるのである。しかし、アルバイトすらしていないというのは、どういうことなのだろう?

 母の言うには仕事を探そうという意欲が感じられないということだった。「仕事探したら?」というと、「ああ」と返事はするそうだが、実際の行動は何もしていないという。しかし、本人はいたってのんびりしているようで、無職でいることの焦りや苛立ち、危機感はないらしい。それも、僕からみれば不思議なことで、普通、貯金を切り崩す生活をしていれば、不安に苛まれ、焦燥を覚えるものだと思うが、この前会ってみるとそんな雰囲気はなく、いたって普通であった。

 ということは、パチンコで稼いでいるのか、または、かなり多額の貯金を持っているのかのどちらかのような気がする。弟はあまり趣味がなく、女性との付き合いもここのところはないようなので、会社員時代にある程度、貯めていたことは十分に考えられる。現在は食費などの生活費は母が年金から捻出し、電気・ガス・水道・電話などの公共料金は弟の銀行口座から引き落としになっているというから、それほど月にお金を使うということもないと思う。

 当面は、まあ何とか暮らしていけるとしても、これから先ずっとこのままというわけにはいかないだろうし、ずっと仕事を探すことすらしていない弟の精神面も心配である。しかし、こればっかりは、本人がやる気にならないと、どうしようもない。当分、推移を見守るしかないようである。(2012.5.27)




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