使い捨て

 十時少し前、会社の一階のガレージの片隅にあるゴミ置き場にゴミを持っていくと、昨年の九月に新しく入ったパートのBさんが自動販売機の横で立ちながら缶コーヒーを飲んでいた。ゴミをゴミ置き場に捨て、フロアに戻ろうとエレベータの前に行くと、Bさんもやってきて、「Hさん、一月いっぱいで会社を辞めることになりました」といった。

 Bさんは30代半ばの男性で、繁忙期に合わせて雇われたのだが、本人は長期希望で、できれば正社員になりたいということだった。会社の方は本人の頑張り次第で考えましょうと回答していたらしい。そのため、Bさんは残業を断ることもなく、日曜日まで出勤していた。僕も今の仕事の始まる前、Bさんの働く職場に手伝いでいっていたが、積極的に知識を吸収しようという姿勢が強く見てとれた。だから、正社員はともかく、長期契約になるものだとばかり思っていた。

 「え?B君、長期だと思っていたけど?」
 「何でも、今度、他の事業所から社員が一人来るらしいです。それで、僕はもう必要ないと言われました」とBさんは冷静にいった。彼の中ではもうふんぎりがついているのかもしれなかった。車から営業の人が降りてきて、僕たちの後に並んだので、それ以上、突っ込んだ話はできなかった。

 エレベータが来て僕とBさんは奥に、営業の人はその前に入った。彼と営業の人は二階、僕は三階である。エレベータは二階で止まり、営業の人が先に降りた。Bさんは降り際に「がんばってください」と僕にいった。「残念です」と僕はBさんにいい、エレベータのドアが閉まった。

 毎年、繁忙期が終わり、閑散期に入るとこのような光景が繰り返され、それに慣れてしまうことは恐ろしいと思いながらも、冷めている自分がいる。ただ、やはり人の辞めてゆく姿、それも自らの意思ではなく、会社の都合によって去っていく姿は寂しい。

 家に帰ってから妻にBさんのことを話すと、妻はすでに知っていた。妻は社員のNさんから訊いたという。妻が社員のNさんから訊いた話は、Bさんの話と多少、詳細が違っている。

 Bさんは「新しい社員が入るから切られた」と僕にいったが、Nさんは妻に「使えないから切った」といったそうである。Bさんは真面目で熱心であるが、臨機応変に動けないところがNさんの気に入らなかったらしい。忘年会の席でも、年を取って動きの悪くなった人間は、どんどん若い人に入れ替えて行くといっていたそうである。

 ことの真偽は恐らくBさんの話の方が実情だったように思う。男性の社員が来るから、Bさんは必要なくなったのだろう。Bさんは欠勤することもなく、真面目に勤務していたのだから、そのような人を臨機応変に動けないからといって切るとは考えづらい。それにBさんは勤め始めてまだ三カ月なのだから、自分で考えて臨機応変に動けというのは無理がある。Nさんはパートたちに危機感を抱かせ、尻を叩く目的でBさんの解雇の理由を曲げて伝えたように思う。或いはそんな意図はなく、ただ単に酔った勢いで日頃の鬱憤を晴らしただけだったのかもしれない。

 本来、仕事を探すというのはポジティブな行為のはずである。新しい仕事に、新しい人間関係ができるのだから、大きな楽しみがある。しかし、自分のことを思い返していると、ただひたすら辛い日々が続いた。諦めたようなBさんの冷静さが、哀しく思えた。(2012.1.22)




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