アナログ放送終了

 7月24日正午、終にテレビのアナログ放送が終了し、テレビが見られなくなった。いくつかの放送局では終了のカウントダウンをしていたが、僕の見ていたチャンネルでは、出演者のゼロという声を聞く前に、アナログ放送終了を告知する青い画面に変わってしまった。

 その瞬間、不覚にも胸が詰まり、目頭に込み上げてくるものがあった。落涙しそうになってしまったわけは、アナログ放送が終了したことに感慨深いものを感じたのではなく、目の前にあるテレビが突然廃品になってしまったことの哀しさだった。このテレビは妻の買ったものではあるが、結婚してから四年以上も使っていたから、つい情が移ってしまったのかもしれない。

 そんなに惜しいなら、地デジのチューナーを買えばいいじゃないかといわれるかもしれない。僕ひとりだったら、恐らくそうしていただろうが、妻はドライな性格なため、どうせ買うなら新しいテレビを買った方がいいということになってしまったのである。

 アナログ放送終了の余韻に浸っていると、台所から妻の「ラジオ出してよ」という声がした。結婚したとき、僕も妻もミニコンポを持っていて、音質のいい僕のコンポを二階に置き、妻のコンポは置き場がないということもあり、一階の押し入れの中に入ったままだったのである。

 仕方なく、押し入れの奥の方からミニコンポを取り出し、アンテナを取り付け、FM放送を流した。日曜日、妻は習い事をしているため、一時くらいに家を出た。その後は、二階でCDを聴いたり、本を読んだりして、夕方から散歩がてら買物にいった。今週、馬券は買わなかったが、競馬中継を観られないのは寂しい気がした。

 六時くらいから、FM放送を聴きながら夕食の準備を始めた。ラジオは会社で仕事をしている間ずっと聴いているが、こうして家で家事しながら聴くのも悪くないと思った。おしゃべりと音楽だけの世界は、何とも居心地のいい気がした。テレビがいかに煩いかということが実感された。

 ラジオを聴きながら、妻と夕食をとった。日曜日は妻の好きな番組が続くため、それを観られないのは寂しいようなことをいっていたが、僕はこのままテレビがなくてもいいような気さえした。やはり、ラジオには雰囲気があり、僕はその空気感が好きなのである。AM放送だとまたその空気感も変ってしまうかもしれないが、FM放送の清涼感と静謐さは気持ちに安らぎを与えてくれる。

 そういえば、以前にFMラジオでよく番組を聴いていた女性のディスクジョッキーがテレビのナレーターとして声だけの出演をしたことがあった。FMラジオでの彼女のおしゃべりは品があり、清楚な透明感が漂っていた。その番組を聴きたいがために車で出かけるということもあった。しかし、テレビでの彼女はラジオと全く違っていた。品も透明感もなく、あえていえば下品な感じさえした。

 何回か彼女がナレーターを務めている番組を見ているうちに、その理由が何となくわかった気がした。ラジオでは素朴で自然なおしゃべりだったのに、テレビではディレクターの指示なのだろうが、演技過剰ともいえるような話し方をしていた。いわゆるテレビ向けの抑揚をつけ、過多ともいえる感情を入れていた。恐らく、僕がラジオで彼女のおしゃべりを聴いていなかったら、それほど違和感を覚えなかっただろう。これは僕の思い過ごしかもしれないが、テレビ出演以来、ラジオで聴く彼女の話し方も変ったように感じた。有体にいってしまえば、人からキャラになってしまったように思えた。そんなことを思いながら、テレビのない夜は静かに更けていった。

 翌朝、やはり朝はテレビのあった方がいいと思った。テレビがないとまず正確な時刻がわからない。次に、今日の天気と気温がわからない。朝、放送されているワイドショウはだいたい時刻と天気が常に字幕で表示されているため、それを見ながら行動するのが習慣になっていたのである。

 テレビが映らなくって四日目、妻もラジオの方が静かで時間の経つのがゆっくり感じられていいと言い出した。夫婦の会話が増えたのは確かである。テレビがあると、どうしても画面に目がいってしまい、会話も疎かになりがちだったのである。ただ、何となく物足りない感じがした。

 テレビが映らなくなって五日目、やっとテレビが配達されてきた。設定をして、再びテレビのある生活に戻った。液晶テレビの薄さにびっくりした。19インチと小さいせいもあって、以前の14インチのブラウン管と全体の大きさではほとんど変わらず、薄くなった分だけテレビの存在感が薄れたような気がする。

 妻もテレビのあまりに小ささに、これだったら24インチにしておけばよかったと後悔していた。テレビの存在が大きくなり過ぎないようにと、小さなサイズにしたのだけど、あまりに存在感が無さ過ぎる。だけど、一日、二日経ってみて、これで正解だったような気がした。やはり、テレビの存在感は、このくらいが適正のように思えてきたのである。迫力ある画面で競馬を観たかった想いもあるのだけど…。(2011.7.31)




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