計画停電

 六時二十分から計画停電により、会社は四時で終業となった。六時二十分から予定されている停電の地域には家も含まれるため、大急ぎで帰宅してご飯を研ぎ、炊飯器のスイッチを入れた。時間にまだかなり余裕があったため、風呂に入っておくことにした。明るいうちに風呂に入るのは気持ちいいものである。

 五時半過ぎに妻が買い物を済ませて帰ってきた。停電になる前に、夕食を作ってほしかったのだけど、僕が風呂に入ったことを知ると、自分もこれから入ると言い出した。停電は十時まで予定されているので、それから入るとなると時間も遅いし、湯も冷めてしまうので、文句をいうのは止めた。

 僕は停電に備えて、ロウソクを用意した。ロウソクはアロマ用から、仏壇用まで、七種類あった。特に妻がコストコで働いている従妹に頼んで買ってきてもらったものは巨大で小さなバケツくらいのものだった。それが二つ、妻が100円ショップで買ったアロマ用が二つ、それに教会のミサでもらった物が二つ、それに妻が近所のディスカントショップで買ってきた仏壇用が一箱、以上である。

 六時三十分過ぎ、なかなか停電にならないなと思いながらテレビを見ていると、突然電源が落ちた。それぞれのロウソクに火を灯し、夕食の調理中だった妻はアロマ用の二つを持っていき、再び調理を始めた。初めは従妹に買ってきてもらった巨大ロウソクを食卓の上に置いていたが、大きいうえに金属製の容器に入っているため、灯りが周りに広がらないので、畳の上に置いて部屋全体の照明用とした。

 妻が教会のミサでもらったロウソクは床の間に置いて、雰囲気を出した。意外と部屋は明るくなり、何ともロマンチックな雰囲気だ。やがて、妻が調理を終え、料理を運んできた。台所で使っていたアロマ用の二本と、仏壇用の一本を食卓に置くと、卓上も十分に明るくなった。ロウソクの灯りで食事をするなんて、何年振りだろうと思った。

 妻の話によると、テロの時期、ペルーではよく停電になったらしく、僕のようにロマンチックといった想いはないようである。妻のロウソクを買って来てくれた従妹とは別の従弟から「ペルーのようだね、ハッ、ハッ、ハッ!」とメールが入った。テレビのないおかげで、いろいろとお互いの話をしながら、食事をした。辺りは不気味なくらいの静寂に包まれ、黙っているとほとんど何の音もしなかった。

 ロウソクの仄かな火は心に温かく、見ているだけで、気持ちが落ち着いてきて、いつまで見ていても飽くことはなかった。事前に停電になったら文明のありがたさを感じることができるだろうと、職場の人と話していたが、実際になってみると文明のありがたさを感じるというより、部屋はロウソクの灯りが襖や壁に反射して淡い橙色に染まり、仄暗く静かな心地いい空間が広がっているだけだった。

 食事を終え、時間が経つと冷えてきたので、毛布をかぶり、妻の膝枕で横になって、ロウソクの火を見ていた。ただ、妻の買ってきた仏壇用のロウソクはすぐに燃え尽きてしまうため、交換を命じられ、それが少し厄介であった。時間が経つと、寒さがこたえるようになった。こういう状態が毎晩続いたら、相当な忍耐を強いられることになると思った。

 九時半をわずかに過ぎたとき、蛍光灯が点き、部屋は明るくなった。大急ぎで、ファンヒーターのスイッチを入れた。(2011.3.25)




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