消えた隣人

 結婚して僕が家を出てしまったため、母は都内のアパートで独り暮らしをしている。以前、経営していたスナックの常連客だった人の町工場でパートとして働いているが、そこも経営者の体の具合や昨今の経済状況によって、在庫が無くなり次第廃業するという。前は週4〜5日、働きにいっていたが、今は仕事のあるときだけ、声がかかるらしい。そんなわけだから、今のアパートを引き払って、都営住宅に移ることを考えているのだけど、なかなか空きがなく、また、あったとしても大変な競争率のため、ままならない状況である。

 僕も何かと心配なものだから、暇な土曜日はよく母のところに行っている。先日も顔を出したら、都営住宅は住み慣れた城南地区ではほとんど空きがないから、東京西部のH市に応募したという。抽選の結果は年末にわかり、当選していれば来年の2月くらいに入れるらしい。経済的には当選してほしいが、住み慣れたところを離れるのは寂しいようで、複雑な表情をしていた。僕にもっと経済力があればいいのだけど、情けない限りである。

 その他に一番上の従姉の結婚が決まりそうだとか、いろいろと話したが、気になったのはここのところお隣さんの姿が見えなくなったという話だ。お隣さんは以前のうちと同じく母親と30代と思われる息子さんの二人暮らしで、「うちの息子は出来が悪くて」と母親の方がよくこぼしていたらしい。息子さんはどのような仕事をしていたのかはわからないが、朝、働きに行って、夜帰ってくるといった普通の勤務形態ではなく、夜勤を含むようなものだったらしく、朝の10時くらいによくお風呂に入っていたという。

 もうかなり前になるが、母親の姿が見えなくなった。ドアの前に置かれた鉢やプランターに植えられた植物に水をあげる人がいなくなったため、次々と枯れてしまった。うちの母親の聞いた話では体の具合が悪くなったため病院に入院したということだった。その後は息子さんが独りで暮らしていたようであるが、ここにきて窓に掛けられていたカーテンがすべて取り払われ、かわりに箪笥や本棚が窓を塞ぐように移動させられ、昼間はむろん、夜になっても人の気配はなく、ここのところ灯りも点いたことがないという。

 僕も家具が窓を塞ぐように動かされていることには気づいていたが、部屋の模様替えでもしたのかなと呑気に考えていた。何処かに引っ越したのなら、当然、家具を残していくわけはないし、夜逃げではないかと母は思っているようだ。ここのところ母は家にいることの多いため、通常の引越しなら気づかないはずはなく、母親が入院してしまったために、その費用と部屋代とで出費が多くなり、払えきれなくなったのではないかと言っていた。

 しかし、それにしては何故、カーテンを取り払って、家具を窓の塞がるように移動する必要があったのかという疑問は残る。カーテンは転居先に自力で持っていけるが、家具は持っていけないし、窓のところに家具を移動したのは、部屋の中を外から窺えないようにするためなのかもしれない。

 そうなると母の推理が正しいということになる。ここのところイヤなニュースばかりで、隣の異変は気持ち悪い気もするが、まあそんなところだろう。ドアのところに置かれている枯れた植木が寂しい。(2009.11.22)




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