198円のシクラメン

 夕食の食材を近所のスーパーに買いに行った妻の手にはエコバッグの他に鉢植えの植物の入った袋がぶらさがっていた。何を買って来たのかと訊くと、シクラメンだと言った。妻お気に入りのスーパーに隣接されているホームセンターの園芸コーナーで買ったらしい。

 ここのところ、妻は小さな庭を賑やかにすることに楽しみを覚えたようで、越してきたときはクチナシの鉢植えひとつだけだったのに、ジャスミンの鉢植えを買ったのを皮切りに、知らぬ間にそれは十を超してしまった。何でも季節々の花々を育てて、庭を一年中花で飾りたいという。

 庭が賑やかになることは僕もうれしいのだけど、このままでは際限なく増えていくような気がして、小言をいうと「598円のが198円で売っていたから買ったの」と得意気である。そのシクラメンをよく見ると、茎の折れている個所が4〜5か所あり、花は頭を垂れてあまり元気がなく、見てくれは悪い。いわゆる‘キズもの’のため、格安だったようだ。

 「これは鉢の上に何か落としたのかもしれないな。それで、いくつか茎が折れてしまったんだ。見た目もよくないね」と僕が言うと
 「大丈夫よ。水をやって陽に当てて、大切に育てれば、元気になるわよ」と楽しげである。妻は完全に折れている茎や枯れた葉を取り除き、シクラメンの鉢を日当たりのいい南側の廊下に置いた。

 翌日、妻は夕食を済ませた後、早速、シクラメンの様子を見ていた。
 「ねえ、少し元気が出てきたと思わない?花が上を向いてきた気がする」
 「そうかな?気のせいじゃないか?昨日の今日だよ」
 「そんなことないわよ、ちょっとよくなったと思わない?」
 「そう言われれば、そんな気もしないでもないけど」

 それから毎日、シラクメンの回復を観察することになった。妻のいうようにシクラメンは元気になっていった。下を向いていた花は上を向くようになり、つぼみもふくらみ始めた。茎の密集している内側を見ると、小さなつぼみがいくつかあり、これから花を咲かせてくれそうである。そして、妻は日に日に得意気になっていった。
 「何て言ったって198円で買ったんだから、いい買い物だったでしょ?」

 廊下で日に日に回復して美しい花をつけ始めたシクラメンや、庭を彩る花々を見ていたら美輪明宏さんがオーラの泉の最終回で言っていた言葉を思い出した。

 「花は献身的だから美しい」

 それに引き換え…なんていうのは、止めておこう。野暮なだけだ。(2009.10.25)




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