夜の散歩

 妻とケンカして、夜の散歩に出た。家の近所は住宅街なので、夜遅くの散歩は不審者と間違えられて通報される恐れもあるし、何しろつまらないので、定期券を使ってKまで行った。Kは神奈川県では2番目くらいの繁華街なので、夜遅くてもそれなりに人は多く、その中に紛れると多少寂しさが和らいだ。

 特に何処に行くという当てもなかったが、駅から繋がっている巨大ショッピングモールの中庭のようになっているL広場に足が向いた。L広場はよくタレントさんたちが来てショーを行ったり、昼間は賑やかであるが、その喧噪が嘘のように闇の中、静まり返っていた。いくつかあるベンチや通路の段差などにカップルが所々座っていて、ホームレスらしき中年男性がステージ横にあるひな壇の二段目に座って虚空を見ていた。その前を通り、まだ動いているエスカレータに乗り、5階まで上がった。

 L広場は2階にあり、3階と4階と5階のL広場に面した通路にはそれぞれベンチがあり、一番上まで行くとKの夜景を見ることができる。5階に設置されている自動販売機でお茶を買って、そこのベンチで一息つこうと思ったが、カップルが多く、そんなところに一人でいるのは場違いな感じがして、3階まで下り、そこのベンチに座ってお茶を飲んだ。

 さすがに3階からは街を一望はできないが、それでも夜風が心地よく、静寂と夜の帳の中、しみじみとした気持ちになった。どのくらいの時間が過ぎただろうか、お茶を飲み終え、2階のL広場に下りると先程までいたカップルの数は半分くらいになっていて、ひな壇に座っていた中年男性は、そこに寝転がっていた。

 駅周辺の再開発の行われる前は、夜遅い時間になるとK駅の切符売り場周辺はホームレスの引いたふとんがびっしりと並ぶ光景が見られた。新しくきれいなイメージの街にするため、彼らは追い立てられた。それは駅だけでなく、彼らの寝場所になりそうな駅周辺のベンチは、寝転ぶことのできないような仕掛けがされ、長時間その場所にいることを禁止するとの張り紙が貼られた。

 それらのベンチや張り紙を見るたびに、冷たいものを感じた。しかし、夜の街は行くところのない者を、やさしく包んでくれた。寂しい者が都会に集まるひとつの理由がわかるような気がした。

 携帯を取り出して時刻を確認すると、12時を越えていた。もう、このままずっとここにいてもいいような気になっていた。携帯をバッグにしまおうと思った時、ランプの点滅しているのが見えた。携帯を開くとメールが来ていた。それは妻からのものだった。
 「もういい加減に帰ってきなさい!」

 僕は電車のホームへ急いだ。(2009.9.5)




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