夕陽に包まれて

 5時半に仕事を終えて、会社から駅に向かった。ひととき真夏のような陽気が続いていたが、ここのところ季節が逆戻りしたような肌寒い日々で、体の調子もどこかおかしい。今は新型インフルエンザで世間は大騒ぎになっているので、うかつに風邪を引いて熱でも出せば、いろいろと面倒なことになりそうで、気をつけないといけないと思った。

 今日の昼休み、いつも行っているお弁当屋さんに行った時、ビルと公園を繋いでいる高架橋の横にあるツツジの植え込みのレンガ塀の上に、体育座りのような格好をしてハーモニカを吹いている初老の男性がいた。レンガ塀の下には男性のものと思われる大きめのリックサックとお茶の入ったペットボトルが置かれていた。男性はTシャツにデニムのベスト、下はジーンズで流れ歩いてきた人のような雰囲気を持っていて、彼が何処からきたのか、そして何処にいくのか気になった。

 会社に戻り、暗い蛍光灯の下でお弁当を食べていると、今ここにいることが酷く非現実的なことに思えてきて、狼狽した。暗い蛍光灯の下で8時間働いても、陽光の下でハーモニカを吹いていても、時は同じに過ぎていき、持ち時間は減っていく。そして、それは何のために働いているのかといった酷く単純で根源的な問題まで想起させ、混乱は深まるばかりだった。

 5時半に仕事を終えて、会社を出た。ここのところ肌寒い日々が続いていたが、今日は久しぶりに5月の陽気だった。駅に向かう道すがら、微風が心地よく疲労した頭と体を涼ましてくれた。ツツジの植え込みのところにいた男性は、当然のことながら消えていた。駅に繋がる高架のプロムナードに出ると、左からいっぱいに橙色の夕陽が差し込み、全てを持ち去った。夕陽の中には、ただ何ともいえない幸福感だけがあった。ただ、ただ、美しく、しばらく僕はその場に佇み、落ちていく太陽を見つめた。

 太陽はほとんど真横から沈もうとしていた。やさしく放たれている夕陽に包まれながら、僕は帰路に着いた。(2009.5.17)




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