ソフトクリーム

 会社の昼休み、いつもはお弁当を買って食べているのだけど、この日は仕事がお昼まで食い込んでしまったため、外食することにした。390円のお弁当は不景気ということもあってか、大人気で12時20分くらいにはほとんど売れ切れになってしまうからだ。

 今までよく行っていた駅近くのフードコートでかき揚げうどんを食べ、食後のコーヒーを飲みながら文庫本を読んでいたら、隣に席から「これ、美味しいな!」と大声が聞こえたので、横を見ると40代後半から50代前半くらいのトレンチコートを着たサラリーマンがソフトクリームを舐めていた。

 誰に話しかけたのだろうと注意していると、遅れて20代後半くらいのスーツを着た男性が、これまたソフトクリームを舐めながら来た。どうも会社の上司と部下らしい。この日はそれほど寒くはなかったが、この時期に会社員がふたりそろってソフトクリームを舐めている光景は異様だ。

 恐らく仕事の合間にふたりはコーヒーでも飲もうと、フードコートに立ち寄ったのだろう。そこで上司はソフトクリームを見つけ、急に食べたくなってしまった。いや、或いは自分を型に囚われない人間と部下に印象付けたいがために、あえてソフトクリームを選んだのかもしれない。とにかく彼は、「お、ソフトクリームがあるな。美味しそうじゃないか?君もどうだ?」という具合に部下を誘い、部下の方も断るに断りきれず「美味しそうですね。それでは、僕も頂きます」となったのではないかと思う。

 上司の方は大胆にソフトクリームを食べているのに対して、部下の方はチビチビと食べていて、その控え目な様子はささやかな抗議の現れのような気がした。
 「朝、ホームですれ違ったんだけど、君が喫煙場所の方に向かっていたので声をかけなかったんだよ」
 「朝ですか?全く気付きませんでした」
 「かなり至近距離だったよ」

 僕の斜め前に座っている部下は少しばつの悪そうな顔をしている。上司は部下が意識的に無視をしたのではないかと疑っているようだ。
 「朝はだめなんですよ。スイッチが入っていなかったのかもしれません」ありきたりだが、こういうしかないだろう。
 「そういえば、そんな顔していたよ」当然のことながら、上司もあまり深追いすることは止めたようだ。

 僕が再び文庫本に目を落としていると、上司は早くもソフトクリームを食べ終えたようで、
 「コーヒー飲みたくなったな。君も飲む?」と腰を半分浮かせた。まだ、ソフトクリームを食べ終えていない部下は首を縦に振るとか、手を横に振るとか、何か仕草で返事をしたようだった。しばらくして、トレーにコーヒーをひとつだけ乗せて、上司は戻ってきた。部下の方に目をやると、彼はまだ半分くらいしか、ソフトクリームを食べていなかった。やはり、気が進まなかったみたいだ。

 ふたりはしばらく仕事の話をしていた。それが一段落した頃、上司が腕時計に目をやった。
 「そろそろ、行こうか」
 「僕がやっておきますよ」そういうと部下は上司の飲み終えたコーヒーカップの乗ったトレーを持ち、片づけた。(2009.3.15)




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