お弁当屋さん

 昨年の秋、現在勤めている会社の近くにあるオフィスビルの一角にお弁当屋さんが入った。そのビルは一階が居酒屋やファミリーレストラン、喫茶店など、二階はスポーツ洋品店、美容室・エステサロン、本屋などが入居し、3階より上にいろいろな会社のオフィスがあるのだけど、お弁当屋さんは二階の奥まったところにできた。

 オープンする前に割り引券付きのチラシを大量に配っていたため、その存在を知ることになり、価格も安いことから利用してみようと思った。初めはよくわからなかったのだけど、その場所に入ったお弁当屋さんは一社ではなく、三社だった。初日など見た目がよかったため、一番高い価格で販売しているお弁当屋さんから買ってしまった。

 三軒のお弁当屋さんは390円のところと500円のところと、もう一軒はお弁当によって値段は違うだけど500から680円の間で販売していた。チラシに付いていた50円の割引券の効果もあってか、当初はどの店にも行列ができていたほどだった。しかし、その割引券の有効期限が切れた頃から、三軒の明暗が分かれ始めた。三軒のお弁当屋さんの前にできる行列に大きな違いが出てきたのである。

 当初から390円のお弁当屋さんの前に一番長い行列ができていたが、さらにこの店に集中するようになってしまい、680円のお弁当を売っている店の前は閑散とする状況になってきた。390円のお弁当を買いにきた人が長い行列に嫌気がさして、買って行くくらいになり、12月初旬、680円のお弁当屋さんは撤退した。

 割引券のなくなったことは、もうひとつの影響を現わしてきた。全体のお客さんの数が減って来たのだ。12月も中旬に入ると、行列のできることはまれで、たまに並んでいても2〜3人という状況になった。500円のお弁当を売っている店には人があまり来ないようになった。。

 それには別の理由もあった。一階の鶏専門店の食事処がほぼ同じ価格でお弁当の販売を始めたのである。僕は500円の若鶏の唐揚げ弁当を買ったことがあるが、それはとても美味しく、同じ500円だったらこちらを選んでしまうだろうなと思った。

 年が明けてお弁当屋に行ってみると、500円の店も姿を消していた。残ったのは一番安い390円のお弁当を販売している店だけとなってしまった。三軒あったお弁当屋のスペースでただ一軒の残った店は寂しい感じがした。初めは一番左側で営業していたが、今では空いてしまった中央のスペースに移動し、そこでお客さんに声をかけている。

 このお弁当屋さんの生き残った理由は値段の安かったということが一番大きいと思うが、いつも同じ種類の弁当だけではなく、日替わり弁当を用意したことも要因ではないかと思う。それも3種類で、12時に僕が買いに行っても、売り切れている場合もあるほどだ。そして、もうひとつ、この店の売り子さんがいつも同じ人だったことだ。

 他の2店は日によって売り子さんが変っていたが、この店だけはずっと同じ40代後半の女性だった。ずっと同じ人が店頭にたっているため、やがて買いに来る客と顔馴染みになったことだ。

 値段が390円ということもあり、今では一週間のうち3〜5日はこの弁当ですましている。そんなものだから、おばさんの方も僕の顔を覚えてくれて、「今日は…」とか説明してくれる。

 先日、またお昼に僕は、このお弁当屋さんに行った。「こんにちは」とあいさつすると、「いらっしゃいませ」と返ってきて日替わり弁当のメニューを紹介してくれた。僕は白身魚のフライの弁当にすることにして、それを指さした。おばさんは、一番上のそれを取ったが、「うん!」と手の動きが止まり、「下の方が、大きいわね」と言って、下のものと変えた。

 「ありがとう」といって僕は390円を払った。(2009.1.31)




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