温もり

 冬の低い陽が窓から部屋に長く差し込んでいた。ふと外を見ると、子供が小さな自転車に乗って、歩道をよろめきながら走っている。仕事も昨日で終わり、正月休みの一日目は穏やかに始まった。

 世界的景気悪化による派遣切りはさらに酷くなり、厚生労働省の調べでは来年3月までに職を失う非正規労働者は8万5千人に達するという。今、働いている職場でも10月から短期で入ったパートさんたちはほとんどが12月末までで終わりということになるようだ。外のあまりに穏やかな景色を見ていると、ふとそういったことが遠いことに感じられ、‘現実’から束の間の逃避に誘う。

 今日は夕方から義姉のところで遅いクリスマスパーティをすることになっていて、妻は午後から甥っ子たちのプレゼントを買いに出かけ、僕はテレビで有馬記念を見てから家を出て、K駅で落ち合い義姉の家に向かった。妻は甥っ子たちのプレゼントの他に鶏の丸焼きとフライドポテト、それにパネトーネ(イタリアの伝統的な菓子パン。クリスマスの時、食べる習慣がある)を持っていた。

 平塚にある義姉の家に着いたときはもう7時近くなっていて、居間に入ると鍋が用意されていた。義兄と長男の姿が見えなかったが義兄はシャワーを浴びていて、長男はバイトということだった。テレビを見ながらくつろいでいると、義兄が顔を出した。

 義兄は自動車関係の工場で働いている派遣労働者だ。やはり仕事はかなり減ってしまったそうで、酷いラインになると3時間くらい動かした後はずっと掃除をしているという。義兄の働いているラインはその工場の中でも一番忙しいらしいが、それでも定時の2時間前には止まり、後は掃除という状態だそうだ。そのためアルバイトの行く回数を増やしたらしが、そこでも‘異変’が起きているという。

 そのアルバイトというのは倉庫の掃除とのことだが、以前は8割が外国人だったのが、今はそれが逆転して7、8割が日本人になってしまったという。日本語のあまりうまくない義兄は、話す相手が少なくなり、寂しくなってしまったそうだ。この不況の波によって以前は敬遠していた職種にも、日本人が流れていったということなのだろう。

 「暗い話、ばっかりね…」と義兄は言った。妻の従妹の知り合いの人の中にはすでに会社を解雇されて、車中生活を余儀なくされている人もいるらしい。いつも元気な義姉も心なしか静かだ。しかし、大手各社が派遣労働者を次々と解雇しているのに対して、その下請けの義兄の会社は小さいながらも雇用を守ろうとしているようなので、少し安心した。

 義兄は観察力のあるようで、アルバイト先から見えるスーパーはお客さんが増えているという。何故だろうと考えると、どうも外食する人が減って、自炊する人が増えたことが原因らしい。アルバイト先の社長さんの話によると、飲み屋はさらに悲惨なようで、ほとんど客が来なくなってしまったところもあるという。

 みんなで鍋をつつき、鶏を切り分けて食べた。そのうち長男がアルバイト先から帰ってきたので、彼に梅酒を買ってきてもらってみんなで乾杯した。妻の買ってきたクリスマスプレゼントを渡して、みんなで記念写真を撮った。義姉の家に行くと、記念写真を撮ることが多いが、これはペルーにいる母や姉弟に送るためだ。

 明日からは休みということもあり、のんびりしていたら最終バスを逃してしまい、駅まで歩くことになってしまった。昼間は穏やかで暖かかったけど、風は冷たく、体が小刻みに震えるほど寒かった。体が冷えたせいか、気持ちまで縮こまって、有馬記念の外れたことも重なり、この寒さが来年を暗示しているような気分になった。

 僕の右腕にしがみついている妻の温もりが伝わってきた。(2008.12.31)




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