馬券を買いに渋谷のWINSまで行った帰り、渋谷駅では運良く東横線のホームに特急が止まっていた。特急はホームに着いてからまだ間もないようで、それほど混んではいなかったが、何せ日曜日の昼なので空いている席は見当たらない。 立って行ってもそれほどの時間ではないのだけど、何となく疲れを感じ、席を探して電車の前方に向かって歩いた。ホームへの出入り口から離れると、空いている席もちらほらと見かけるようになって、そのひとつに僕は腰を下ろした。 普段、外出するときは文庫本を持ち歩くことが多いのだけど、この日は不幸なことにそれまで持っていた本を読み切ってしまった後だったため、何も持って来ておらず、仕方ないので退屈しのぎに僕の簡単携帯に入っている唯一のゲームのソリティアを始めた。 しばらくすると、隣に人が座った気配がしたので、横眼で見ると初老の男性だった。「この辺りまで来ると、座れますね」とその男性は、僕とは反対側に座っている隣の女性に声をかけた。その人は中年だったので、ふたりは知り合いかと思ったのだけど、女性の返事はなく、身を固くしていた。
「この辺りまでくると、座れますね」その初老の男性は、今度は僕に声をかけてきた。 その初老の男性は、身なりはこざっぱりとしていて紳士風だが、少し表情に締まりのない気がした。いきなり怒り出したりとか、わけのわからないことを言いだしそうな感じではなかったが、このまま話し相手になっていると、道中ずっと話し続けることになりそうで面倒臭く、ちょうどソリティアが終わったところだったので、僕は携帯を閉じて、目も閉じた。 目を閉じてしまうと彼はもう僕に話しかけなくなった。しかし、そうしていると返って隣の男性のことが気になった。また、近くにいる人に話しかけるのではないかと思っていたが、静かになってしまったので、何か悪いことをしたような思いに駆られた。 いや、実際に悪いことをしたのかもしれなかった。もし、これが旅の最中だったら、たぶん僕は彼の話し相手になっていたと思う。都会にいると何故か他人を拒絶してしまう。彼はただ、退屈な車中、誰かと話したいだけだったのかもしれない。 彼に少し人と違うものを感じて、心を閉じてしまったが、異常だったのは彼ではなくて僕の方だったようだ。話してみて、疲れそうだったら、何か理由をつけて断れば良かったのだ。始めから、避けることなどなかった。 電車を降りるとき、彼はまだ席に座っていた。彼に軽く会釈してから、僕は席を立った。(2008.11.21) |