虫の声

 今住んでいるところは、自然が豊富というわけではないのだけれど、周りの家々は狭いながらも庭に木々を植えているところが多く、またちょっとした空き地もあったりして少し前までは昼は蝉の合唱という状態だった。

 僕の住んでいる借家にも、小さな庭のようなものがあり、モクレンや楓など数本の木々が植えられていて、そういった木々や門柱に蝉の抜け殻があったりして、下の土の中に蝉の幼虫のいることがわかりちょっとした感動を覚えたりする。また、夜になれば、カナブンなどが家の灯りを目指して飛んできて、時によっては網戸に3〜4匹とまっていたりして、虫嫌いな妻は悲鳴を上げたりする。

 何でもペルーには蝉はいないようで、いや、蝉というより虫自体あまりいないようで、馴染みがないため、気持ち悪くて仕方ないらしく、見つけるとすぐに僕を呼び‘殺す’ように言う。洗濯物を干しているときなど、蝉がぶつかってきたりして、「セミは目が悪いね。見えないの?」などと怒っている。

 ここのところ、まだまだ日中は暑いものの朝晩へめっきりと涼しくなって、昼間の蝉の大合唱も、夜にカナブンの飛んでくることもなくなったが、コオロギなどの秋の虫の声が聞かれるようになった。

 子供の頃、お祖父さんが瓶でスズムシを飼っていた。子供だった僕は、クワガタとかカブトムシとか、または同じタイプの虫でもキリギリスやバッタなどに興味があり、何故スズムシのような地味な虫を飼っているのかよくわからなかった。お祖父さんがスズムシの音色を愉しんでいたと知ったのは、ずいぶんと年齢を重ねた後だったように思う。

 虫の声を愉しむには静かな環境が大切であるが、現在の借家はその条件に適っているように思う。というのも2階にはテレビがなく、比較的、線路が近いから列車の通る音や前の道を車の走る音はたまにするけど、こうしてパソコンで文章を書いているときはキーボードを打つ音くらいしか聞こえないのだ。そして東西南北、4か所に窓があるため、外の音が聞こえやすい。特に北側の窓は裏手にあるアパートの庭の真上にあるため、そこで鳴いている虫の声がよく聞こえる。

 窓を開けて、電気を消して、ふとんに体を横たえると気持ちいい風に乗って虫たちの声が聞こえてくる。目を閉じ、それらに耳を澄ましていると、何ともいえない安らいだ気持ちになる。それは木漏れ日の中、森を散歩するときの気持ちと似ているような気がする。自然は人を癒してくれる。

 暗闇の中、聞こえるのは虫の声だけ…。自然に囲まれているような錯覚を起こさせ、僕は眠りにつく。(2008.9.23)




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