今年の2月に定年となり、その後、嘱託として仕事をしているAさんが1週間の夏休みをとった。Aさんが休みに入ると、パートのNさんはすかさず「Aさんの机の上にあるパソコンを移動しよう」と言いだした。というのも、1か月くらい前に、部署のパソコンが一台壊れてしまい、仕事をする上で不便だったからだ。 Aさんは定年まで部署の責任者だったため、専用のパソコンがあり、定年後もそのままになっていた。「もう社員じゃないんだから、Aさんに専用のパソコンなんて必要ないじゃない。ほとんど使っていないみたいだし」というのがNさんの主張である。 Nさんはそのことを今は部署の責任者になっている社員のMさんに言った。Mさんの意見は「別にいいんじゃない」というものだった。Nさんは早速、パートのTさんに社員の許可を得たことをいい、パソコンを移動させてしまった。 今は夏の暇な時期であるから、一台パソコンがなくても、それほど影響はないが、作業は快適になった。しかし、Aさんの夏休みはずっと続くわけではない。Aさんの夏休みが終わって出社したとき、どうするかということが問題になった。 「元に戻さなくてもいいじゃない」とパートのNさんは言い、社員のMさんも同じ意見だった。そしてふたりはパソコンを移動した理由についても、‘打ち合わせ’をしていた。それは、「壊れたパソコンの代替をどうにかしてくれと管理者のWさんに頼んだが、今は予算がきついので、しばらくの間、Aさんのところのパソコンを持って来て使っていてくれと言われた」というもので、Wさんとも口裏を合わせていたようだ。 きついことをするなと嫌な感じはしたが、それほど関心もなく、どうでもいいような気がしていた。しかし、Aさんの夏休みの終わる2日前くらいから、やはりパソコンはAさんの机に戻した方がいいと思うようになった。 もし、自分が同じことをされたらと考えると、とても嫌な気持ちになることが想像されたからだ。どうしても作業に使うパソコンが必要というのなら、Aさんがいるときに事情を話して移動するべきで、いない間のこそこそと動かしてしまうなどというのはあまりにも陰険で遣り切れない気がした。実際にパソコンを移動してしまったTさんもそのような気持ちになったらしく、「明日、元に戻しておきますよ」と言った。 面白くないのはNさんである。社員のMさんも同意してくれて、せっかく根回しまでしたのに、元に戻してしまうなんて…という気持ちだっただろう。Tさんに「今はいいけど、元に戻したら忙しくなった時に困るからね」と脅迫まがいのことまで言った。理由はよくわからないが、NさんはAさんのことをかなり嫌っていて、いつも悪口を言っているくらいなのだ。社員のMさんがあっさりと同意した理由は、彼もAさんに対していい感情を持っていないこと、そしてAさんと入れ替わる形で夏休みに入ってしまうため、しばらくの間Aさんと顔を合わせずに済むことなどである。 結局、パソコンはAさんの夏休みが終わって出社する前に戻され、何事もなかった。しかし、後から考えると何でパソコンを移動したときに、Nさんのやろうとしていることの酷さに気づき止めなかったのだろうと怖くなった。それはパソコンを移動させた‘実行犯’のTさんも同じだったらしく、「やっぱり普通戻しますよね」と言っていた。 その大きな理由として、Nさんの存在がある。Nさんは日頃からAさんの行状を、批難していた。自ら悪口をいうだけでなく、「○○さんもAさんのこと、どうしようもないって言ってたよ」と第三者を巻き込むような形を取ることも多かった。そのせいで、「みんながAさんのことをよく思っていない」という大袈裟にいうなら、世論形成がされてしまった。そして知らず知らずのうちに「みんなはAさんのことをよく思っていない」→「だから、何をしてもいい」というような意識になってしまったのかもしれない。 Aさんの日頃の行いをよく知らない他の部署の人間が、Aさんの悪口を言うことはないだろう。恐らくNさんが他の部署の人にAさんの悪口を言い、その人が「しょうがないなあ」とか「ひどいね」とか相槌を打ったのを、「その人が言った」というふうに変えてしまったと思われる。 Nさんが意識的に‘世論形成’をしたとは思わない。しかし、その結果、Nさん自身を含めて感覚が麻痺していった。この麻痺は気づかないうちに進行するので怖い。そして、この種の麻痺は至るところにあるように思う。大して面白くもない映画を有名人の言葉を使って面白そうに感じさせたり、どうでもいいようなことをさも深刻そうに報道したり…。まだ、そのくらいなら罪は軽いかもしれない。(2008.8.31) |