あやとり

 雨の日曜日、電車に乗ると父娘が寄り添って立っていた。ふたりは電車の入口から少し入ったところで緑色の毛糸であやとりをしていた。父親の方は40代で髪を短く刈りこみ黒い革のジャンパーを着ていた。縁の上がったスクエアのメガネをかけ口髭を生やして、俳優の寺島進のような雰囲気だった。

 娘は小学校1、2年生くらいで髪を左右おさげにして、結び目には赤い玉がついていた。傘の柄をコートの内ポケットに入れているらしく、ふたりの糸の受け渡しの行われるたびに、薄いピンク色のコートの裾のほうからのぞいているその先端は揺れた。

 ふたりは手を上下にしたり、体を捻りながら器用にあやとりをしていた。寺島進似の強面の父の身を屈めて娘とあやとりをしている表情は妙に優しくまた滑稽に感じられ、とても懐かしい気持ちになった。そういえば、最近、親子で遊んでいる風景をあまり見なくなったように思う。

 もし、僕に子供がいたらどんな遊びを教えることができたのだろうと考えると、少し寂しい気持ちになった。自分には子供に伝えられるような遊びが身についていないように思えたからだ。あやとりはできないし…、コンピュータゲームを買い与えるくらいしかできないのではないか…。待てよ、キャッチボールなら大丈夫だろう、サッカーだってまだ小さいうちなら。いや、いや、ベーゴマやメンコなら何とか教えられるかもしれない。でも、女の子だったら…。

 メンコは小学校低学年の頃によくやった。強烈に思い出に残っている場面がある。確か小学校2年生の時のことだと思う。友達の持っているメンコの中でどうしても欲しい物があり、僕は気合いを入れてやり、勝ち続けた。しかし、あと一歩というところで彼の兄貴が出てきてしまい、取ったメンコの大方を取り戻されてしまった。今、思い出しても悔しい気がする。

 メンコというのはよく考えてみるとかなり技術を要する遊びだったように思う。やる場所は歩行者天国になっている道路だとか、銀行のお客様用駐車場だったり、舗装されている場所がほとんどだったが、舗装されているといってもそこには微妙な凹凸があり、置かれているメンコと地面の隙間を見つけてメンコを叩きつけるのである。するとその隙間に叩きつけられたメンコによって起きた風が入り、その風圧で置かれているメンコがひっくり返る。隙間の見つからない場合は置かれているメンコに自分の持っているメンコを叩きつけて、その反動でひっくり返すわだが、どの部分にぶつけるかによって結果は違ってくる。

 ベーゴマは小学校高学年の頃、理由はわからないが爆発的に流行った。大きめの桶の上に厚手の布製のシートをやや中央を窪ませて張り、その中でベーゴマを戦わせるわけだが、自分のコマが衝撃に強くなるように表の文字の書かれている窪みにロウを詰めたり、相手のコマを強く弾くためバイク屋さんに頼んでベーゴマの周囲を鋭く削ってもらったりした。

 メンコもベーゴマも今考えてみると、勝つためにはいろいろと工夫が必要であるし、何よりひとりではできない遊びである。そして、大人とは限らないかもしれないが、年長者の知恵もあった方がいいのである。自然と人との繋がりが生まれるが、今、子供たちの遊びの主流になっているコンピュータゲームは逆に子供を孤立させてしまう。

 数年前、友人の女性と彼女の小学生になる息子ふたりといっしょに昭和40年代に流行った物を展示していた会場に行ったことがある。小学生の男の子ふたりということで、その道中は賑やかで、会場でゆっくりと展示を見られるのかと不安に思ったが、その心配はなかった。その会場は市立図書館に併設されたホールだったが、子供たちは図書館でDVDを借りて大人しくそれを見ていたのである。とても楽だったので、助かったと思った記憶がある。

 コンピュータゲームがこれだけ子供たちの間に浸透してしまったのは、大人はそれが楽だったからではないだろうか。コンピュータゲームを与えておけばひとり静かに遊んでくれるのだ。子供といっしょに遊ぶ必要はなくなる。疲れていたり、忙しい時など大変便利ではないか。しかし、その便利さの裏側で何かが崩れていったように思う。

 昔、僕たちがやったカンケリやメンコやベーゴマといった遊びは仲間がいないとできない。したがって、伝統工芸が後継者がいなくて衰退していくように、みんながコンピュータゲームばかりだとそういった遊びは仲間のいないために廃れていく。外で仲間と遊んでいる子供の姿を最近はあまり見なくなった。

 あやとりをしていた父娘は途中の駅で手を繋いで降りて行った。よくよく父親の顔を見たら、寺島進に似ていたのは雰囲気だけだったけど、あやとりのできる父親というのもかっこいいと思った。家に帰って妻にあやとりができるか訊いてみたら、彼女は「できる」と言った。少し安心した。(2008.4.16)




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