小雨の中の桜

 日曜日、妻と花見に行った。お昼くらいに出かけたかったが、家事などで結局1時30分を過ぎてしまった。空はどんよりと曇っていて、今にも雨が降り出しそうだったが、天気予報では夕方からと言っていたような気もしたので傘を持たずに家を出た。

 まずは比較的近い桜坂に行った。多摩川線の沼部で降りると、ポツポツと小雨が落ちてきた。天気のせいか、人出は少ないような気もするが、それでも坂に掛かっている歩道橋の上は人でいっぱいになっていた。ほとんどの人が携帯やデジカメで桜を撮影していた。僕も持ってきたNATURA(フジフィルムの35mmコンパクトカメラ)で、桜の風景やらをさかんに写していたが、「風景ばかりでは面白くないから」と妻に言われて、交代々で桜の前のモデル役になったりした。

 そのうち妻は「せっかくふたりで来たのだから、誰かにシャッター押してもらいましょうよ」と辺りにいる人たちを物色し始めて、デジカメを持ちながらこちらに歩いてくる30歳くらいの女性に狙いをつけた。僕は照れ臭く、乗り気ではなかったが妻はその女性が近くにくると「すいません。シャッター押してもらえますか?」と声をかけ、僕と妻は並んでファインダーの中に収まることになった。どうもこういうのは恥ずかしくて、苦手である。

 シャッターを押してくれた女性に「ありがとうございました」と言ったが、冷やかな感じで先に歩いて行ってしまった。彼女も僕と同様にこういうのは苦手なのかもしれないなと思った。

 時間の経過と共に雨も多くなってきたが、まだ何とか大丈夫そうだったので、歩いて洗足池に向かった。桜坂から洗足池までは電車で2駅、歩いて30分ほどだろうか。洗足池に着いた頃には雨は強くなっていたが、せっかく来たのだし池の周りを一周することにした。

 晴れた時に比べれば人出は全然少ないのだろうけど、自分のペースでは歩けないほどに人の列ができていた。それにかなり多くの露店が出ていて、そういったものにあまり馴染みのない妻は喜んだ。

 お好み焼き、たこ焼き、焼きそばといったポピュラーなものから、鮎の塩焼きといった渋いものまでいろいろな露店が出ていたが、射的の店が多く出ていたのには少し驚いた。妻は射的を見たことがないようで、子供の撃っているのを見て自分もやりたくなり、「やる、やる」と言ってきかなかったが、「大人のやるものではないよ」と言って諦めさせた。
 「あのゴジラの人形、取ろうと思ったのに」
 「あんなのは取れないよ。ただ、弾を当てるだけじゃダメなんだよ。当てて倒さないともらえないよ。あのゴジラはあんなコルクの弾がいくら当たろうと倒れないよ」
「えー、そうなの」

 他にも綿アメやじゃがバターの店などに興味を示していた。それにしても、懐かしいものがいっぱいあった。金魚すくいにあんずアメ…。新しいものでは任天堂のWiiが一等になっているくじ引きの店などもあった。ひとりの子供がクジを引いたが外れで、店番のお姉さんは「この中から選んでね」とカードのようなものがいっぱい入っている箱を指さした。恐らくクジの中には一等のWiiは入っていないのだろうなと思った。最近は何でも洗練されてきてしまって、こういう‘いかがわしいもの’は急速に姿を消しつつあるが、それはとても寂しいような気がする。

 洗足池を一周して、その終点にある広場ではこの天候にもかかわらず、シートを引いて花見をしているグループがいくつかあった。中には外人さんの顔も見える。「ああ、これが正式な花見なの?」と妻に訊かれたが、果たしてそうなのかどうか僕にもわからない。そもそも‘正式な花見’なるものは存在するのだろうか?

 自己主張の強くない桜の花は、曇った空には映えず、小雨の中で震えていた。やはり花見は青空の下がいい。

 洗足池を出ると路上に軽トラの石焼き芋屋さんが出ていた。おばさんが「おひとつどうですか?」と妻に試食用に小さく切られた焼き芋を渡してくれた。「半分、半分にしよう」と妻は言ったが、一口でほとんど食べてしまい、僕の分は皮だけだった。
 「ごめん、皮だけになっちゃった」
 「焼き芋は皮の部分が一番美味しいんだよ」と言って、僕はそれを口の中に投げ込んだ。(2008.4.1)




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