寂しさに包まれて

 寂しさに包まれて夜中に家を出た。最寄りの駅まで行って、ホームに入って来た電車に飛び乗った。何所か遠くに行きたいと思った。しかし、何処にも行き場所はなかった。次の駅で下車して、歩いて家の方向に向かった。

 暗い夜道をひとりで、自分の靴音だけを聞いて歩きたかった。しかし、前にひとり女の人が歩いていた。彼女の持っているビニール袋の、恐らくはトイレットペーパーが入っているのだろう、ざわざわと服と擦れる音が煩かった。

 右手に巨大なマンションの塊が続いていた。そのほとんど最後の通りをその女の人は曲がり、視界から消えていった。僕はやっとひとりだけの足音を愉しめるようになった。

 マンション群が切れると細い住宅街の道に変わり、それに添うようにあった線路からも離れていった。所々にある街灯から放射される光が寂しさを照らしているように思えた。自分の繭に閉じこもっていると、こちらに向かって歩いていた老婆とぶつかりそうになり、慌てて右に除けた。上から街灯の光を浴びたその眼は僕を睨んでいた。

 「すいませんでした」彼女の背中に声をかけ、僕はまた暗い道を歩いた。線路も見えなくなり、自分の向かっている方向がわからなくなった。不安な気持ちになった、と同時にこのまま道に迷ってずっと歩き続けるのもいいような気もした。思いもかけないところに出てしまい、こんなところに来てしまったという感覚を味わうのも愉しいように思った。

 しかし、僕の帰巣本能はまた再び、線路脇の道に僕を戻した。時折、電車が轟音を上げて横を過ぎていく。明るくて暖かそうなその車内に羨望を感じた。静かになったその道を、ただ前を向いて歩いていると、遠くにホタルのような淡い光が浮かんでいた。その光に吸引されるように近づいていくと、それは線路に向かって立っている少女の携帯電話の画面の光だった。その淡い光が少女の顔を青白く照らしている。

 少女は一心に画面を見つめている。寂しい人間同士が夜中の道に交錯する。誰もいない寂しさもあれば、誰かのいる寂しさもある。そして、恐らく、誰かのいる寂しさの方が孤独なのだ。

 遠くに明るく光る一画が見えた。電車に飛び乗った駅だった。結局、僕はまたここに戻って来てしまった。すっかりの人気のなくなった駅を過ぎ、シャッターの下りた商店街を過ぎた。風に煽られた新聞紙が足に巻きつく。

 商店街を抜け、暗く沈んだ住宅街の道を黙々と歩いた。家が見えてきた。中に明かりが灯っていた。ふいに、濃い寂しさの霧に包まれた。僕は家を過ぎ、また駅に向かった。(2007.12.7)




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