日本人の失ったもの

 このGW中、ずっと仕事をしていた。4月の中旬頃、5月3、4、5、日のどれか出られると訊かれたので、特に予定のなかった僕は全部出ることにした。以前だとOKした後にやっぱり休めばよかったかな…という気持ちが起こったのに、今回はそんな気持ちも起こらず淡々と仕事をして、やっと今日からといっても土日の2日だけだけどGWが始まった。

 その初日、朝の7時からちょっとした用事があって出掛けることになった。駅は高校生でいっぱいでちょっと意外な感じがしたのだけど、そういえば今日は普通の土曜日、ガッコウはやっているんだった。同じ職場で働いている主婦のYさんの娘さんは今日から修学旅行とのことで、そういえば駅で会った高校生たちの荷物も通常の通学時より大きかったような気がして、今はそんな時期なのかなと思った。

 用事も無事に済み、帰途についた電車の中の乗客は少なかったが、席が空いているほどではなかった。僕の目の前の席には白人の男性と若くてきれいな日本人女性のカップルが座っていた。ふたりは英語で話していて、白人男性の方は前に阪神とヤクルトで活躍したオマリー選手に似た感じだった。オマリーがわからない人はロバート・レッドフォードを想像してもらってもいいと思う。

 ポロシャツに野球帽をかぶり、陽気な感じで英語圏といってもオーストラリアとか、ニュージーランドとか、あるいはアメリカの西海岸辺りの出身を想像させる感じだった。女性の方は肌がよく焼けていて細身のシャープな感じで黒いタンクトップがよく似合っていた。

 ふたりはプラスチックのカップに入ったコーヒーを飲みながら、楽しそうに談笑していた。次の駅で電車が停車すると、中年の夫婦がふたりの前に立った。すると白人男性の方が、その奥さんの方に席を譲ろうと立ち上がったのだ。

 その婦人は50代前半くらいに僕には見えた。恐らく、今までに席を譲られたという経験はなかったのではないだろうか、その婦人は状況が理解できないようで、戸惑っていた。すると、日本人女性の方が日本語で「どうぞ」と声をかけた。それによって、彼女は始めて状況がわかったようで「いえ、すぐ降りますから」といい、白人男性を座らせた。

 電車が動き出すと、ふたりの反対側のシートに座っていた老人がキップを知らない間に落したようだった。「落ちてますよ」と老人の足と足の間に落ちているキップを、今度は連れの日本人女性の方が指摘した。老人は慌ててキップを拾った。

 僕は感動を覚えた。このふたりのカップルはこれだけ談笑していても、周囲へのちょっとした心づかいを忘れていなかったからだ。何気なく周囲の人に気を使っていなければ、できないことである。

 頭の中で考えたものではなく、身についた‘心づかい’‘気配り’を目の当たりにした気持ちがした。最近、日本人が失ってしまった一番大きなものは、こんなものなのかもしれないような気がした。(2006.5.6)




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