雪の等々力渓谷

 東京に1998年1月以来、8年振りの大雪?が降った翌日の日曜日、Jさんを誘って東京23区内唯一の渓谷、等々力渓谷に行ってみた。昼くらいに待ち合わせをして、等々力駅に着いたのは、1時を少し回ったくらいだった。

 駅に着くとJさんは「カメラを買おう」と言い出したので、渓谷とは反対側にあるコンビニまで行って39枚撮りの使い捨てカメラ(ほんとはレンズ付きフィルムといわないといけないらしいが…)を買った。なんでも彼女が住んでいたペルーのリマでは雪が降ることはないようで、せっかくのチャンスだから記録しておきたいという。

 再び大井町線の線路を横切り、歩道に表示されている等々力渓谷入口という文字に従って歩く。それでも道を間違いそうになり、またJさんから「方向音痴」と言われてしまった。

 ゴルフ橋の横にある鉄製の螺旋階段から等々力渓谷に降りると、渓谷沿いの歩道に雪はほとんどなかったが、渓谷の両脇の斜面や木々はまだ白くきれいに化粧がされていた。そして木々の上に積もっていた雪が、まるで砂糖をひとつまみ手からはらはらと散らせたように陽の光の中に落ちて来て、幻想的な風景が展開された。

 Jさんは僕にカメラを渡し、「あれ撮って!」と木々の上からはらはらと落ちるひとつまみの雪を指さして言うが、とても無理である。「落ちた」と思ってカメラのファインダーを覗くともう遅く、待ち構えていると落ちて来ない。それでも何回かシャッターを切ったが、果たして撮れているかどうか…。

 陽は暖かく、辺りに残雪があるわりには寒くない。Jさんと僕は、お互いに写真を撮りながら、辺りの雪景色を眺めながら愉しく歩いた。ふと気づくと後にメガネをかけた中年の女性が歩いていた。ゆっくり歩いていたため、彼女は僕たちを追い越していったが、Jさんが「あの人に頼んで、写真いっしょに撮ってもらおう」と言い出したので、ふたりで急に急ぎ足になった。

 その女性に追いつき、Jさんがカメラを渡して
「写真撮ってもらえますか?」と声をかけると
「ええ、いいですよ。だけど、ブレちゃうかも」とカメラを自信なさげに構えた。
「大丈夫ですよ」と僕は声をかけ、Jさんと身を寄せてポーズを撮った。
「撮りますよ」とその女性はシャッターを切り、そしてカメラをJさんに戻した。僕らは礼を言い、またゆっくりと谷沢川のせせらぎを聴きながら、雪景色の中を歩いた。川の中には、数羽の水鳥が呑気そうに浮かんでいた。

 環状8号線の下をくぐり、横穴古墳と表示された方向に橋を渡ったが肝心の古墳がわからない。トイレがあったので、Jさんに「大丈夫?」と訊くと、「あまりきれいそうでないからいい」という。その辺りで数枚写真を撮ったりしたが、結局、肝心の横穴古墳を見つけることはできなかった。

 稚児大師堂のところまでくると、初老の男性が丁寧にお参りをしていた。僕たちはその後で待った。雪を被った赤い椿の花が静謐な雰囲気を創っていた。そこから稲荷堂に渡る橋はいい雰囲気だったので、その上でお互い写真を撮った。雪景色の中に立っているJさんはとてもきれいだった。

 稲荷堂から等々力不動尊に向い、初参りをやっと済ますことができた。本堂の中から太鼓の音が、寒々とした境内に鼓動のように鳴っていた。再び等々力渓谷に戻り、等々力児童遊園に向った。

 ここは比較的最近できたようで竹林や日本庭園、みかん畑などがあり、みかんの木には黄色いみかんが数個、迷子のように生っていた。それらを抜けると広い園地に出た。子供が遊んでいたのか、園地の中央には雪だるまができていた。

 園地の縁には梅の木があり、枝をよく見ると、小さな花の蕾がついていた。その近くで若い女性とやや中年に差しかかったような男性のカップルが雪で遊んでいた。男性の方はさかんに雪をつかんでは、遠くに投げていた。

 「いっしょに写真撮ってもらおう」とJさんは小声で僕にいうと、すたすたとカップルの方向に歩いて行って、男性の方にカメラを渡し「写真、撮ってもらえますか?」と言った。

 僕たちは見晴らしのいい場所に、ふたり寄り沿って並んだ。
「撮りましたよ」男性はカメラをJさんに戻すとまた雪を投げ始めた。カメラを受け取ったJさんはとてもうれしそうに笑っていた。

 等々力渓谷は終わり、僕たちは多摩川を目指して歩いた。閑静な住宅街を川沿いに、気持ちよく歩いていると、公園で子供たちがかまくらのようなものを作って遊んでいた。Jさんは彼らにカメラを向けた。そしたらそれに気づいた男の子が可愛らしく緊張した面持ちでポーズをとった。写真を撮り終え、手を振るとまたその男の子は元気に雪で遊び始めた。

 しばらく歩くと目の前に多摩川沿いに走る道路が見え、それを超えると斜陽を受け白一面に輝いている多摩川の土手に出た。
「ここ降りないよ」とJさんはおっかなびっくりの様子だったが、できるだけ雪のないところを選んで、河原に下りた。しかし、最後のところで、ふたりとも滑りそうになり、Jさんは大声をあげた。幸いにして僕たちはひっくり返ることはなかったけど、そこで遊んでいた親子の注目を浴びることになってしまった。

 河原にはいくつもの雪だるまができていた。そのひとつと写真を撮り、僕たちは帰路についた。冬の短い陽は大きく西に傾いていた。等々力渓谷に戻り、また稲荷堂の橋に来たときJさんが「Hさん、その橋の上に立って」と言った。どうやら、橋の上にいる僕の写真を撮ってくれるらしい。

 さかんにファインダーを覗いていたが、そこに偶然若いカップルが通りかかると、Jさんはすかさずその男性の方にカメラを渡し、僕の横に走って来た。
「撮りますよ!」と元気のいい男性の声がした。今日、3回目のふたりの写真が写された。

 渓谷を出たところにある喫茶店に入り、ケーキとコーヒーを食した。さらに低くなった太陽の陽が窓から差し込んでいた。(2006.1.28)




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