「Hさんが一番いいよ」と社員のNさんに言われた。この言葉の正確なところは「Hさんの立場が一番楽だ」ということだろう。 仕事は11月から12月の中旬までにかけて繁忙期にあたっていて、忙しい日々が続いている。僕たちパートは、自分の都合で早く帰れたり、休んだりすることはできるのだけど、社員になってしまうとそうは行かず、毎日遅くまでの残業が続き、土曜、祝日も関係なく、さらに日曜日まで出勤している。Nさんの11月の休日はわずかに3日だけ、もうひとりの社員の人も5日しか休んでいない。 これにサービス残業という追い討ちがかかる。ひと月に出る残業代は20時間までだそうで、それ以上は一切出ないうえ、日曜日は出勤しても無給の代休がもらえるだけでお金にならない。有給が有り余っている社員にとっては、無給の代休などいくらもらっても、何にもならない。 ボーナスは多少はいいものの、給料は20万円前半でパートで一番多く働いている人とあまり変わらなかったりする。そこにいくと安い賃金で使われているものの、何とか生活できるくらいのものをもらっていて、時間的自由が多い僕の立場がよく見えるのだろう。
昼休みも休憩をとらず働いていることの多いNさんを見ていると、それは必ずしも会社が強要しているだけでなく、自ら進んでそのような状態に陥っているように感じる。 日曜日の出勤も会社側と話し合う余地はあるように思うが、Nさんはそうしないで黙々と仕事へ向う。 …土曜日、渋谷のWINSに馬券を買いに行った帰り、歩道で信号を待っていると若い女性が寄ってきてチラシを渡された。それは中華屋の割引券だったが、そこには営業時間AM11:00〜AM4:00とあり、さらに年中無休と印刷されていた。一体この店の店主はいつ寝るのだろうと、そんなことが気になった。 その店の前を通り過ぎ、しばらく歩いたところにある弁当屋さんの店頭には夜10時まで営業という看板がかかっていた。うちの近くにあるスーパーは数年前から、それまで夜8時までだったのが深夜1時までの営業に変わったし、多くのコンビニは24時間営業の年中無休だ。前に働いていた会社では宅急便をよく使っていたけど、夕方に発送すれば翌日にはもう四国にある会社まで原稿が届いてしまうのに初めは感動した。 物はますます早く配達され、駅に行けば次から次へと電車はやって来るし、店の営業時間は日々長くなっている。 世の中は日々、休むことなく回り続け、その回転はますます速くなっていく。システマティックでグロテスクな社会、その中で人はすり潰されている。 恵比寿駅が近くなって来た時、歩道の僅かな部分に作られた植え込みの雑草を車道の側溝に座りこみながら鎌で取っているおばあさんがいた。小さなおばあさんだった。(2005.12.10) |