死の匂い

 水曜日の早朝、上のフロアーで働いていた社員の人が病死した。まだ39歳、僕とほとんど同年代の人だった。彼とは直接的に仕事上の付合いがあったわけではないが、うちのフロアーの後工程をやっていたので、納品物を渡したり、渡されたりという繋がりはあった。

 そして、僕と同じ路線を使っていたため、朝の通勤時に顔を会わせたことが何回かあり、「Hくんは、何処から通っているの?」と訊かれたこともある。親しく私的なことまで話すほどの間柄ではなかったが、会えば多少の雑談はしていた。

 元気そのものといった感じの人ではなかったが、それほど不健康という雰囲気でもなかった。しかし、病気で数週間休んで出勤したときは、明らかに調子が悪そうで、顔も痩せて血色も悪かった。「Eさん、どうしたんだろ?具合悪そうだね…」と同じ階のパートの人に訊いてみると、「肺に水が溜まるようで、入院していたらしいよ」という応えが返ってきた。その後、再び入院し、一月が過ぎようとしていた今週の水曜日、「今朝、Eさんが亡くなった」と社員の人から聞かされた。

 医者にも、原因がよくわからなかったらしい。ただ、Eさんは何かの予感があったらしく、「もう、戻って来れないかもしれない」と周囲に洩らしていたという。それが自らの死を察した言葉だったのか、ただ単に元気に働くことはもう無理と考えての言葉だったのかはわからないが、最後の頃の彼の顔には正視できないものがあった。

 彼は独身で、身内は母親と結婚している妹さんだけらしい。息子に先に死なれてしまった母親の気持ちを想うと、胸が苦しくなる。かなり前のことになるが、うちの母のお兄さんが、やはり祖母より先に逝ってしまった。叔父は50代半ばだった。祖母はもう80近かったと思う。あの時の祖母の小さかったこと…。

 その姿を見て、子供は親より、何としても先に死んではいけないと思った。


 木曜日の夜、あまりの気持ち悪さに目が覚めた。悪い夢を見ていた。僕は何者かに追われ、不気味な静けさの中を逃げていた。しかし、突如現れた集団の中のひとりにバットで膝を割られそうになったとき、目が覚めた。

 目が覚めたとき、高熱が出るな…と感じた。インフルエンザにかかってしまい、高い熱が出る時の感覚、それが妙に生々しく、迫ってきた。そして、何だか死んでしまいそうな予感が僕を襲った。それから朝まで一睡もできなかった。


 金曜日の朝、熱は出なかった。気持ち悪い感覚は多少残っていたが、インフルエンザどころかただの風邪でもないようだった。死んでしまいそうな予感とやらも、何処かに消えていた。一体、昨晩感じたあの感覚は何だったのだろうと思った。

 仕事に行って、一日何とか勤めることができた。ここのところ仕事が忙しく、帰りが深夜になったりしていたため、その疲れだったのだろうか?よくわからない。よくわからないが、今は普通に戻った。

 僕は生きている。久しぶりにそのことが実感された。(2005.11.26)




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