貧しいふたり

 先日、同じ職場で働いているペルーの日系2世、Jさんの誕生日を祝ったばかりだったが、今度は僕の番になってしまった。僕の誕生日はJさんの誕生日の約1ヶ月後なのだ。これで、またJさんよりひとつ年上になってしまったわけである。昼過ぎから、ふたりで鎌倉に行き、祇園山ハイキングコースというのを歩いてみた。

 鎌倉駅でJRを降り、まずは鶴岡八幡宮に行った。ちょうど境内では結婚式が行なわれていて、古い伝統に則った儀式は日本人の僕にも新鮮だった。Jさんは、その儀式についていろいろと僕に訊いてきたが、ほとんど満足に答えることはできず、誤魔化すのに一苦労であった。

 そして、宝戒寺の横の路地から祇園山ハイキングコースに入った。大したことはないだろうとたかを括っていたら、のっけからきつい坂道で、さらに北条高時切腹櫓の手前から道が舗装ではなくなり、狭い山道になった。

 「登らないよ」とJさんはいつものように、いやそうな顔をした。歩くのは好きだけど、坂道は嫌いだそうだ。僕はインターネットで探したページを見て、
「‘急な上り下りが2、3箇所あるが、全体的には楽に歩ける’って書いてあるから、大丈夫だよ」と言ってJさんを納得させた。

 しかし、この後も急な坂道(あくまでも主観的に判断して)はいくつもあり、
「また、嘘ついたね。ほんとはわかっていたんでしょう」とJさんの信頼を失いかけてしまった。仕方ないので、印刷したページを見せたら
「これ嘘ね。作者にメールで言っといてちょうだい」ときついお達しがでたが、案外楽しそうに歩いていて、僕は安心した。

 祇園山の頂上でしばらく休んだ。Jさんから誕生日のプレゼントとしてシャキーラというコロンビア出身の女性ボーカルのCDを貰った。全曲スペイン語で歌われているらしい。全く知らないアーティストだったので、何が出て来るか楽しみに思った。

 祇園山からの急で狭い坂道を下ると八雲神社のお社の横に出た。ここでもJさんは形式通りのお参りをした。一体何をお願いしているのだろうと気になった。

 鎌倉駅に戻る途中の喫茶店に入り、コーヒーと軽食をとった。Jさんは「お腹減った」と騒いでいたわりには、あまり食べないで、残ったお肉は僕が食べることになってしまった。ここでしばらく話した後、Jさんのアパートの最寄り駅まで移動して、居酒屋で飲んだ。

 少し前に食事をとったばかりなので、冷奴とか枝豆とかダイコンサラダとか軽いもの中心にしてお酒を飲んだ。ふたりでいろいろと話しながら飲んでいると店員さんがやってきて
「今、キャンペーンをやっているんです」といい名刺サイズの用紙を渡された。
「そこに書いてあるアドレスに携帯から空メールを送ってもらえますと、抽選でドリンクがサービスになりますので、よろしかったらお験しください」と言って離れていった。

 僕とJさんは顔を見合わせて笑った。ふたりとも携帯を持っていないのだ。今時、こういったカップルも珍しいだろう。携帯を持ったからといって、何が変わるというのだろうか?僕はあまり必要性を感じていないし、Jさんもそれは同じようだ。

 Jさんに会ったばかりの頃、携帯を持っているかと訊かれたことがある。僕が
「持ってない」と素っ気無くいうと
「宇宙人」とJさんは言った。Jさんが携帯を持っていないことを知っていた僕は
「同じじゃない」と言い返した。
そんなことが懐かしく思い出された。

 携帯を持っていないものは、このサービスを受けることはできない。世の中、こんなことがいっぱいあるような気がする。持っているものは特をして、持たざるものは何の恩恵も受けられない。何かが狂っている。

 しかし、持たざるものがいつでも不幸かというとそんなこともない。だって、こんな楽しい一日を送れているのだから。(2005.10.9)




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