江ノ島へ (後編)

 お参りを終えた後、江ノ島の最深部に向う。江ノ島神社から左側に進むと、やがて視界が開けて眼下に江ノ島ヨットハーバーが見えた。それにしても暑い。Jさんも僕も汗だくである。

 「Hさん、凄いね。水かぶったみたい」とJさんは僕のびっしょりになったTシャツを見て「後向いて、あ、背中はもっと凄いね」と感心している。
「俺は汗っかきなんだ。背中はリック背負っているからね。Jさん、あまり汗かいてないね」
「そんなことないよ。だけどHさんには負ける」

 そんな僕らを横目に、所々で猫がうたた寝をしていて、観光客が体に触っても大人しくしていた。どうも、看板などを見ると江ノ島に猫を捨てにくる人が多いようで、地元の人や観光客に可愛がられているうちに慣れてしまったのかもしれない。

 目の前に長い上りの階段が現れると、Jさんは
「あれ、上らないよ」などと言っていたが、実際に歩くのはそんないやでもなさそうで、150円で上まで行ける‘エスカー’という名称のエスカレータを見ると
「やっぱり歩かないとね」などと言っていた。

 登り坂を上がり終えると、右手にサムエル・コッキング苑という植物園があり、江ノ島灯台が見えた。僕たちはそこには入らず、その隣りにあるガーデン・パーラーというオープン形式の軽食を取れるところで、自動販売機で買ったお茶を飲みながら長々と休憩した。

 「あつい、あつい」とJさんはさかんにハンカチで風を体に送っている。僕も汗でびっしょりになってしまったTシャツをぱたぱたやって、乾かそうとした。外人さんなどは上半身裸になったりしている。

 かなり長い時間休憩した後、奥津宮に向った。ここからは下り坂になり、陽もやや傾いてきた。何も食べていないことに気づき、途中の食事処に入った。Jさんに「何でも食べられる」と訊くと、「大丈夫」という。僕は江ノ島丼を注文して、Jさんも同じ物でいいと言った後
「何、頼んだの?」と僕に訊いてきた。
「江ノ島丼。サザエを卵でとじたものだよ。サザエ大丈夫?」と不安になったが
「大丈夫ね」とJさんは笑った。

 確かに大丈夫だったようで、江ノ島丼を食べた後、再び歩いた。陽はかなり低くなり、僕たちの影は長くなっていたが、あまり涼しさは感じない。むしむしするような暑さは相変わらず続いている。

 ‘山ふたつ’という江ノ島がふたつの島からできていることがわかる景勝地を過ぎ、奥津宮に着いた。拝殿の天井には‘八方睨めの亀’が描かれ、参拝に来た人を見下ろしている。この亀、江戸時代の絵師酒井抱一の筆によるもので、浦島太郎の伝説にあやかったものとの説がある。ここでもJさんは、‘公式参拝’をしていた。

 奥津宮を過ぎ、磯料理の魚見亭の前まで行くと、そこからは急な下り坂の階段がある。
「これ、下るの?」とJさんは、あまり乗り気でないように言った。
「うん、下るよ」と僕が言うと
「下るっていうことは、帰りは上るっていうことでしょ」とJさん。
「たぶん、これを戻らなくても、他に道があるんじゃないかな。江ノ島神社のところで反対側に道が続いていたからね」と僕がいうと、
「そうね」と言い、しぶしぶ階段を下り始めた。ここを下り終えると‘かながわの景勝地50選’にも選ばれている稚児ヶ淵に出た。この日は台風の影響からか、海が荒れていて、波が高く、激しい風景を見せていた。ところがである、この波の高さのため、一番行きたかった岩屋が閉鎖になっていたのだ。

 岩屋というのは、波の浸食によってでき海蝕洞窟で第一岩屋と第二岩屋がある。この洞窟を探検してみたかったのであるが、本当に残念だ。しかも、他に道などなく、結局元来た急な階段を今度は上ることになってしまった。

 「いい加減なこと言ったね」とJさんはやや不機嫌である。しかし、僕としても江ノ島は初めてであり、不案内なのだから…仕方ない。それに、他に道がないことがわかっていてもこの階段を下っていただろうし、それはJさんも同じだっただろうと思う。
「おかしいな」などととぼけて誤魔化した。

 江ノ島神社まで戻ると、突然Jさんが今度の試験の合格祈願をしたいと言い出し、300円払って、祈願用の木製の板を買って、そこに住所と名前を記入していた。ただ、この300円のうち、細かいのがないというので、30円ほど僕が貸す格好になってしまった。
「不合格になったら、30円借りたせいかも」とJさんは不安気だ。本当に信心深いのかもしれない。

 江ノ島入口の大きなお土産物屋の前に戻って来た時には、もう陽は大きく傾き、天気予報の通り、空には雲が広がっていた。この店先で休憩し、この間のJさんは受験のための願書を書いた。ふたりとも暑さに参ってしまい、ベンチでぼーっとして過ごした。

 江ノ島大橋には、大きな波が次から次へと押し寄せていた。すっかり暗くなってしまった駅前の道を歩き、江ノ電に乗った。ふたりで寄り添うように座り、肩越しに無言の会話をしていた。

 Jさんのアパートの最寄り駅Kで電車を降りた。駅の近くの居酒屋に入り、ちょっと遅れたけどJさんの誕生日を祝った。僕のリックの中には、Jさんの誕生日プレゼントと北海道旅行のお土産が入っていて、大したものではないのだけど、結構ずっしりと重かったのである。

 北海道旅行のお土産はラブリーノースフォックスのタオルとラベンダーの入浴剤、誕生日プレゼントはアロマテラピー用のオイルランプ。オイルランプの方は使い方の説明をしたが、僕自身もあまりよくわかっていなくて、果たしてJさんは使えるのだろうかと少し不安になった。

 11時まで飲み、Jさんとは分かれた。外は雨が降っていて、僕のアパートの辺りは激しい降りだった。雨の中を濡れながら部屋まで戻った。東京の一部の地域では、この記録的な豪雨のため、潅水があったことを翌日のニュースで知った。(2005.9.17)




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