Tender (前編)

「Jさん、日曜日、何か予定ある?」
「ないよ」
「それだったら、Tまで付合ってくれない?」
「いいよ」
「テントのポールが去年の北海道旅行の時、壊れちゃってさ、修理に出そうと思っていたんだけど、今まで放ったらかしになっちゃってて」
「何?」
「いや、Tに大きなアウトドア用品店があるから。Jさんもテントとか持ってたでしょ?いろいろと面白いものもあるよ」
「いいよ。大丈夫」

 金曜日、僕は同じ職場で働いているペルーの女性JさんをTにあるアウトドアの店に誘った。Jさんは国籍こそペルーなのだけど、両親が沖縄出身の日系2世のため、見かけはほとんど日本人と変わらない。ほとんどとしたのは、血統的には100%日本人なのだけど、ペルー生まれのペルー育ちのためか、うまくは説明できないのだけど、何処となく日本人とは違った雰囲気を感じるからだ。

「待ち合わせどうする?」とJさんが僕に訊いた。そんなことはもう考えてある。
「K駅にお昼くらいはどう?昼食べてからTに行けばいい」と僕。
「いいよ、お昼、12時?」
「そう、12時。でも、ペルータイムだっけ」
「そう、ペルータイム」
「だったら、俺、近くの喫茶店でコーヒー飲んでるから、1時くらいまでには来てよ」
「うそ、うそ、ジャパニーズタイムね。12時」
「じゃー、12時に時計台の下ね。でも、1時間も立ってるのいやだよ」
「ベンチもあるから」
「…」僕が睨むと
「うそ、うそ。12時ね」と言って楽しそうに彼女は笑った。

 日曜日、午後12時、Jさんは時間通りにK駅の時計台にやって来た。あまりに時間ぴったりだったので、軽い驚きを覚えている僕に
「時間通りね」と彼女は自慢気に言った。僕が話題をそらすように
「昼飯どうする?」と訊くと彼女は
「食べたばっかりだからいい。Tでしょ」とJRの券売機の方にすたすたと行ってしまった。僕はまだなのに…。

 仕方なく、切符を買い、電車に乗り、Tまで行きアウトドア店に入った。店員さんに
「テントのポールの修理をお願いしたいんですけど」と話していると、彼女はふらふらと店内を歩き始めていた。店員さんとの話しが終わり、僕は彼女に近寄って修理が済むまでいっしょに店内を回った。彼女はお父さんの机の引出しにあったものが、ランタンのマントルであったことを初めて知り、感動していた。

「もう、お腹減ったよ。何処かに入ろう」と店から出た後、僕は彼女に言った。
「うん、そうね」
「何時に食べたの?」
「10時」それだったら、僕と同じだ。僕たちは近くにあった喫茶店に入った。いつまで経っても店員さんが注文を訊きに来ないなと思っていたら、予めカウンターで注文し、それを持って好きな席に行く形式の店だった。2階席に早々と陣取ってしまった僕たちは笑いを堪えながら、1階のカウンターまで戻り、それぞれアイスコーヒーとサンドイッチをもらい、また元の席に戻った。

 サンドイッチをつまみ、アイスコーヒーを飲み、アウトドア店で貰ったカタログを見ながらいろいろなことを話した。特に彼女は、トレッキングシューズの重さが気になるようで、
「この靴、片方だけで1400gもあるよ」と可笑しがっていた。

 さてと、バッグの中を見ると、持ってきたはずの地図が見当たらない。中を引っ掻き回してみたが、何処にもない。アウトドアの店に行った後、このTの観光名所などに行ってみようと思い、土曜日の夜、ネットで調べ地図で確認してあったのだ。何となく頭の中には入っているが、えらく不正確な情報である。

 僕は困ったが、ほとんど同時に、そんなとってつけの場所より、自分の生まれ育った街を案内した方が彼女も楽しいのではないかと思い浮んだ。
「Jさん、これから池上に行かない?」
「池上?」
「そう、俺が生まれたところ。ここからもそんなに遠くないし」
「いいよ」

 僕らは電車を乗り継ぎ池上駅に下りた。改札が自動になったり、券売機がタッチパネル式になってはいるが、駅舎は僕が子供の頃と変わっていない。さすがに駅前の街並みは多少の違和感を覚えるほどの変化はある。

 「ここが俺の家があった場所」と僕は今は駐車場になっているアスファルトで舗装された平らな土地を指さして行った。僕の家はなくなってしまったけど、周りには懐かしい風景がいっぱい残っている。石壁のバーや花見せんべいの店…、僕らは本門寺に向かって歩いた。しばらく歩くと本門寺の山門と長い石段が見えてきた。

「あれを上るよ」と僕がいうと、やや肥満気味のJさんは
「上りません」と笑って応えた。
「この川は呑川」橋を渡って少し歩くと、僕が通っていた小学校がある。
「ここが、俺の通っていた小学校」
「いいところにあるね」
彼女の言葉で、自分が子供の時いかにいい環境に居たか、改めて実感した。

 僕らが本門寺の山門をくぐると、そこでフリーコンサートが行なわれていた。女の人が生ギター1本でバラバラに座っている人たちに語りかけている。
「さあ、上ろう。そんなに大したことないから」
Jさんは大きなため息をついたけど、意外と楽しそうに石段を登り始めた。

つづく…(2005.6.25)




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