雪の日

 東京に大雪との予報が出ていた3月3日の夜、僕は降り始めた雨が早く雪に変わらないかと路地に面したベランダのサッシを開けて外を見た。暗い街灯が仄かな光りと落している路地と路地とのT字路部分に、何かの工事でもやっているのだろうか警備員さんが立っていた。冷たい雨の降り続く中、Vの字型に点滅している赤い発光ダイオードの付いたベストが、寂しい表情を見せていた。

 それから何回か、外の様子を確かめた。そのたびに、依然と雨は降り続き、警備員さんは、その暗い驟雨の中に立っていた。サッシを開け、空を見上げると冷たい雨、路地の右側に目を移せば、日が変わろうとしているのに置き忘れられたように光るVの字型に点滅している赤い発光ダイオードの寂しい光りがあった。

 明けて4日、朝起きてサッシを開けると、薄っすらと路地が白くなっていて、昨夜の雨は雪に変わっていた。右の方に目を移すと、舞う雪のカーテンの中に、V字型に点滅していた赤い発光ダイオードの寂しい光芒は消えていた。一夜明けたら、そこには別の風景が広がっていた。雪というのは景色を一変させてしまう。

 雪は時間の経過とともに、激しくなっていった。その中、いつもと変わらない時刻に家を出た。黄色いレインコートを着ている子供が楽しそうに、道端に積もった雪を足で蹴っている。母親はそんな子供を急かせるように、自転車の子供用シートに乗せた。この雪の中、自転車で保育園まで送っていくらしい。子供の頃、同級生の母親が保育園からの帰り、自転車で転倒して同乗していた同級生の幼い妹が亡くなってしまったことを思い出し、不安な気分になった。

 駅近くの線路沿いの道は、近くにある高校の通学路になっていて、多くの学生さんが歩いている。この寒さでも、女子高生は短いスカートで歩いている。元気と表現していいのだろうか?それとも別の言葉で著した方がいいのかな?だけど、やっぱり元気が一番合っている。中には短いスカートの下に緑のジャージを履いている実利派もちらほら。足から、雪の冷たさが伝わって来る。

 駅に着くと、ほとんど時間通りに電車がホームに入線してきた。しかし、車内はいつもと比べると、かなり空いていて、余裕でつり革を確保できた。どうも雪による交通機関の乱れを計算して、早めに家を出た人が多かったのかもしれない。いつもこのくらい空いていれば、楽なんだけど…と思った。

 JRに乗り換えると、電車はやはり遅れていた。しかし、運転間隔が短いため、いつもと違う電車に乗ることになっただけで、時間的にはほとんど変わらない。会社にはいつもと同じ時間に着いた。仕事の合間に、非常階段に通じるドアを開け、外を見た。雪は相変わらず強く降り続いている。そんな光景を見ていると、ちょっとうれしくなる。

 昼になり、いつもの人たちと昼食に行った。ただ、雪のためちょっと近場の食事処。ちょっと値段は高いけど、たまにはいいだろう。食後のコーヒーを飲んで、店を出ると雪はほとんど止んでいた。配送業者の車は定刻にやって来て、集配の車も、ほとんど時間通りに戻ってくる。

 会社からの帰路、道の雪はほとんど溶けていて、薄暗い風景の中、ただ風だけが冷たい。この冬、11回目の雪らしい。そのうち積もったのは4回で、今回の積雪は都心で2cmということらしい。いつも何かが起きそうで、結局何も起こらない。また、いつも通りの毎日が続いていく。退屈な日常は綻びを見せそうで、なかなか見せてくれない。

 ちょっとだけでいい。ちょっとだけでも、解れができて、その間から何かが見えたら…。それは、どんな景色なのだろうか?サッシを開けて外を見れば、昨日と同じV字型に点滅している赤い発光ダイオードのベスト姿が、T字路に佇んでいた。(2005.3.6)




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