9 to 5

 1980年代前半に公開された「9時から5時まで」というアメリカ映画がある。ジェーン・フォンダ、リリー・トムリン、ドリー・パートン扮するOL3人組みが、ダブニー・コールマンの演じる高圧的でイヤらしい上司をひょんなことから拉致することになり、その間に社内を自由な雰囲気に変えて、業績まで上げてしまうというコメディー映画だ。

 映画で見るアメリカのオフィスというのはBGMが流れていて、家族の写真だとか観葉植物だとかがデスクの上にあるという自由な雰囲気のイメージが強いが、日本では「9時から5時まで」でダブニー・コールマン演じるイヤな上司が強制したように殺風景な職場が多いのではないだろうか。

 僕が前にいた会社でも、特に顧客の見学が入るときなどは、私物を見せることは厳禁で、普段はラジオやCDなどを聴きながらの作業が許されている場所でも、その時だけは無音にしないといけなかった。1回だけ、アメリカ人の顧客が見学に来られたときがあったのだが、あまりに殺風景過ぎてかえって不気味に思われたようである。どうも日本の会社というのは、表面的なものばかりに囚われ過ぎて、そこで働く人間の心には鈍感のようである。

 さて、9 to 5である。実は今、僕はほとんどこの状態なのだ。ここのところ仕事も暇なので、9時に出勤して5時に帰るという生活がここのところ1ヶ月くらい続いている。労働時間が短くなるというのは時給生活者にとっては切実な問題で、月収の減少に繋がるし、仕事量の落ち込みというのはひいてはリストラの危険性も出て来るのだが、プラスの面も多いのだ。

 よく考えてみると、自分の人生で9時から5時までという勤務状態は初めてだ。それもそのはずで日本の会社というのは、正社員であればそのほとんどが拘束9時間で実労8時間のはずだ。8時半から5時半まで、または9時から6時までという会社が多いように思うし、残業は当たり前になっている。僕が今まで勤めていた会社も、すべてそうだった。実労7時間という状態は、僕にとっておおげさにいえば今まで経験したことのない世界だった。

 正社員時代から残業は嫌いで、1ヶ月間残業時間0ということもよくあったが、それでも1日最低8時間は働いていた。それが7時間になるとどうなるのか?わずか1時間の違いに過ぎないように思うのだけど、それが毎日となるとかなり違う。まず体がかなり楽なのだ。

 昔は土日の休みのうちどちらか1日は、体を休めるために使うことが多かった。しかし、それがほとんど必要なくなった。休みをゴロゴロして終えるということが、ほとんどなくなり、これは自分でもちょっと驚きだった。体が楽になるといろいろなことに思いが及ぶようになってくる。精神的にも余裕が生まれた。いろいろな本を読んだり、次の休みはどうしようかと考えたり、はては今から夏休みの旅行に思いを巡らしたり。

 また、アフター5という言葉があるが、それが実感できるようになった。1日の時間が明らかに長くなったように感じられるのだ。昔は仕事が終わったら、家に帰って、飯を食って、風呂に入って寝るだけというような感じだったけど、5時で仕事が終わると、その後、いろいろなことをしたくなってくる。

 仕事の気分を抜くため、ちょっと喫茶店によってコーヒーでも飲んでから帰ろうかとか、前にも書いたが途中下車して、あまり馴染みのない街並みを楽しもうとか、或いは映画館にでも寄って話題の映画でも見てみようかとか。わずか1時間であるが、大きな1時間でもある。働く時間が短くなれば、人生はるかに豊かに過ごせるように思う。長時間労働が日本最大の問題にように感じる。この問題を解決しないと、日本はほんとうの意味で豊かな国とはいえないのではないだろうか。

 子供のとき、あれだけ長く感じられた時間が大人になるとあっという間に過ぎてしまうのも、自由になる時間が少なくなるからだと思う。僕はちょっとだけ時間を取り戻したのかもしれない。

 3月末になると、少し忙しくなり、今のような生活パターンは崩れてしまうかもしれない。だけど、それはそれで収入は多くなるのだから、いいように思う。働けるときは、働いておいた方がいいというのも、また確かだ。今は多くなった自由時間を愉しんでいればいい。(2005.2.27)




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