迷い道

 ここのところ仕事も暇で、ほとんど定時で上がれるため、自宅の最寄り駅の1駅または2駅前で電車を下車して、そこから歩いて帰宅するといったことをしている。僕が利用している私鉄は1駅区間が短いうえ、自宅を回り込むように走っているため、1駅、2駅前で下りても、それほど長い距離を歩かなくてはいけないということはなく、最寄り駅の1駅前で下車した場合で25分くらい、2駅前でも同じく25分くらいで帰宅できる。最寄り駅から自宅までが10分強だから、それほど遠いという感じはしない。1回、この逆をやったことがある。会社の最寄り駅から、1区間歩いて電車に乗ったのだ。

 去年の夏、5時半で仕事を終え、外に出るとまだ十分に明るかった。僕はちょっとした旅気分を味わいたくなり、次の駅まで歩いて行くことにした。多摩川を越えた頃、夕日がとてもきれいで、幸せな気分になったのだけど、この後が大変だった。JRの1駅の区間は長く、多摩川を越えた後、いくら歩いても次の駅に着かなかった。陽が落ちて、辺りは徐々に暗くなり、だんだんと心細くなっていった。さらに、道を間違えたりして、結局1区間歩くのに1時間30分もかかってしまったのである。旅気分は吹き飛び、疲労感だけが色濃く残った。

 そこに行くと私鉄の1区間は短く、さらに土地鑑もあるため道に迷うということもあまりない。初めは1駅前で下りて歩いていたが、この駅のすぐ横にお寺があり、この時期だと夜道になるため、何となく寂しくて気分が滅入ってきてしまうことが多かった。お寺と反対側にある商店街方面に歩いて行くこともできるのだけど、この道は結局最寄駅に出てしまい、またこの商店街は比較的よく行くため、いまひとつ旅気分が味わえないのだ。2駅前だと、駅前に明るい商店街があり愉しく、普段はあまり行かないため、新鮮な気分になれるし、わざと自分は何処か遠いところを旅しているのだという気持ちを起して歩いたりしている。

 さらにその気分を高めようと思い、先日、やや早く仕事が終わったので、最寄り駅から3つ前で下りてみた。下りる前はちょっと不安だった。何せ、この駅で下りたことは今までなく、家までの道順もほとんどわからなかったからだ。ただ、地理的には遠くないので、方角さえ間違わなければ、そのうち知っている何処かの道に出るはずだと思って、とりあえず家がある南西の方角に延びる商店街を歩いた。この辺りにありがちなこぢんまりとした商店街だったが、付近の住民の生活感が伝わってきて、そんなに寂しくは思わなかった。

 この商店街は地味なわりには延々と続いていて、道も微妙に曲がっていたりして、初めは交差点があるたびに見えていた線路も見えなくなり、別の方向に歩いているのではないかと不安になってきた。どうしよう、もと来た道を戻ろうかしら…とも考えたが、たとえ多少方角が狂ったとしても、いつか歩いた道に出るはずであると思い僕は歩き続けた。それに、わからない道を歩くというのは何となく愉しかった。僕はいつものように、何処か遠くの街角を旅していることを夢想していた。

 僕の勘は正しかった。しばらく歩くと、目の前の何となく見覚えのある道が現われたのである。そこまで行くと、確かにその道は以前歩いた道であり、この私鉄の終点に通じる道だった。一瞬、その道を右に行くか、左に行くか迷ったが、どうやら僕の方向感覚は正しく、右に曲がりしばらく歩くと新幹線の高架が見えた。ここまでくればもう勝手知ったる道だ。大きな国道を横切り、川を塞いだ上に作られた公園を歩き、帰宅することができた。

 家に帰って時計を見たら、会社を出てから1時間10分だった。電車に乗っている時間は30分くらいだから、40分くらいは歩いたことになる。しかし、短い40分だったというか、40分しか歩かなかったのかというか、意外に早く家に着いてしまい、やや拍子抜けしてしまった。

 次はもう1駅先から、下りてみようかなとも思ったが、その前に地図を見て、大まかな道順を調べておかないと、今度はほんとに迷ってしまいそうだ。いや、迷ったら、迷ったで案外愉しい気もするが、それはただ気がするだけであることは、以前の経験からわかっている。迷い道、それは何となく自分の歩いてきた道に似ているように思った。(2005.2.12)




皆さんのご意見・ご感想をお待ちしています。joshua@xvb.biglobe.ne.jp

TOP INDEX BACK NEXT