おにぎり2個のしあわせ

 昼食はほとんどいつも、同期で入った主婦のEさんとペルーの女性との3人で、駅構内にあるファーストフードの集合スペースに行っている。いつもここに行く理由は、まず安く済むということである。ほとんどのものが500円あればお釣りがくる。そして、食事が終わった後も、ゆっくりとしていられるというのもいい。喫茶店ならともかく、中華屋やうどん店で料理を食べ終わった後、30分も40分も粘るということはなかなかできない。

 しかし、ここで食べられるものは、ファーストフードのためか、うどんにしろそばにしろ、またはカレーやラーメンにしろ、専門店と比べてしまうと物足りないことは否めない。そんな中で唯一本格的なものが手作りパンの店だった。いろいろな創作パンが並び、コーヒーといっしょに精神的に豊かな時間を作ってくれていた。だけど、何かが足りないような気持ちがいつもして、いまひとつ満足感が得られなかった。その‘何か’の正体が具体的に何なのかはよくわからなかった。

 今週、ペルー人の女性がそのファーストフードの集合スペースにあるおにぎりの店で、塩にぎり、お味噌汁、お新香のセットを注文した。彼女がパンからおにぎりに切り換えたのには理由があった。それは健康とダイエットを考えてのものだった。

 会社での仕事を5時に終えた後、彼女はスーパーのレジのバイトに行っている。スーパーのバイトは6時からだが、制服に着替えたり、前の時間までやっていた人との引継ぎなどもあり、10分前には出勤するようにいわれているそうだ。さらに会社からスーパーまでは、それほど離れてはいないもののある程度時間はかかり、この1時間の間に食事をとることは難しい。また、スーパーでの勤務時間中の休憩は10分間なので、夕食は仕事を終えた後の12時過ぎになってしまう。

 今まではその時間からご飯を炊き、何がしかのおかずをつけて食べていたそうだが、寝る直前多くの食事をとるということは胃腸にもよくないだろうし、何より太るということで、できるだけ軽く済ますことしようと思ったそうだ。そのため、昼にはしっかりとごはんを食べておこうと考え、この切り換えになったらしい。彼女の目の前に並んでいた塩にぎりにお味噌汁、そしてお新香を見ていると、それがとても懐かしく感じ、僕も食べてみたくなった。

 翌日、僕はおにぎり2個に豚汁という昼食にした。おにぎりはいろいろな種類があり、中身によって値段が違う。例えばおかかは120円だが、筋子は180円という具合だ。考えてみれば、このおにぎり店も手作りパンの店に負けないくらい本格的な店だったのだ。その日は、日高コンブと北海シャケのおにぎり2個と豚汁でしめて450円。そして、そのおにぎりの専門店のものは、とてもおいしかった。煮付けた日高コンブもしっかり味が、しみ込んでいたし、北海シャケもさっぱりした中に旨みがあった。そして、豚汁も具がたくさん入っていて、やさしい味だった。僕はひさしぶりに昼食に幸福感を感じだ。それも、わずか450円の幸福感なのだ。

 何処か田舎を旅したとき、ふと立ち寄った民家で、「何もないけど」といわれて出される、おにぎりにお汁にお新香…。ありそうで、現実にはまずありえない御伽噺。そんなことを僕は、いつも夢想していた。そして、ペルー人の女性がそれを食べているのを見たとき、その夢想と目の前の現実が重なり、とても懐かしい気持ちが起きたのかもしれず、また、パンでは得られなかったものが得られたのかもしれなかった。

 午後2時、僕のお腹はもう空いていた。この店のおにぎりは大きく、コンビニなどで売られているものの1.5倍くらいはあるような感じだが、おにぎり2個では少なかったらしい。
「あー、お腹空いた」と休憩のとき、ペルー人女性にいった。
「もう、おにぎり2つじゃ足りない?」
「たぶん」
彼女は呆れたという顔で笑っている。
「競馬で勝ったら、おにぎり3つにしよ。コンブにシャケにタラコがいいかな?」
「ああ、それ無理、無理。それに来週の昼食のこと、もう考えているなんて、おかしい」
 おかしくても、変でもかまわない。おにぎりを食べ、豚汁をすすれば、心にはやさしい空気が広がる。それに後、一品追加するためにも、がんばらないと。何をがんばるのかはわからないが、そんな気持ちになった午後だった。(2005.2.6)




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