非常階段から見た青い空

 蛍光灯の下で仕事をしていた。上の階に急ぎ届けなくては、いけないものがあり、ボタンを押して、ドアの前で待っていたが、エレベーターは下の階で止まったままだった。下の階で多くの荷物の搬入か搬出をしているのかもしれなかった。こんなときは、エレベーターが上がってきても、乗れないことがある。

 外は寒くあまり気は進まなかったが、僕は非常階段を使うことにした。エレベーターのドアの前を離れ、非常階段に通じる扉を開け、コンクリートの踊り場に出たとき、僕の目にビルの壁によって切り取られてはいるが、鮮烈な青い空が飛び込んできた。エレベーターが塞がっていて、非常階段を使ったのは今日が始めてではなく、今まで何回もあった。だけど、こんなに青空が心に迫ったのは久しぶりだった。いつの頃からか僕は空の青さを忘れていたように思う。僕はしばらく、といっても時間にすれば2秒か3秒くらいだろうが、青空に心を掴まれ、その場で呆けたように立っていた。

 昼休み、同じ職場で働いているペルー人の友人を昼食に誘って、駅にある喫茶店に入った。パンを食べながら、彼女といろいろな話をした。店内にはアバの曲がいつしかかかっていた。
「この歌、ペルーでよくきいた。懐かしいね」
ペルーでは毎日のように友達と遊んだ、懐かしいね…と彼女はいった。よくお互いの家を尋ね合って、遊びにいったそうだ。ペルーでは、外で待ち合わせるということがあまりなく、何処かに行くときは家で待ち合わせることが多いらしい。理由は、時間にいい加減だから…。ペルータイムと言って彼女は笑った。その彼女の笑顔と、午前中に非常階段から見た青い空が重なった。

 午後になった。再び僕は蛍光灯の下で仕事をしていた。上の階に届けるものがあり、僕は非常階段に通じる扉を開けた。しかし、青空はなかった。空は薄い雲に覆われて、明るい灰色になっていた。そういえば明日は、雪か雨の予報が出ていたっけ…。低気圧の影響がもう出ているのかもしれない。

 時間が経つにつれて、雲はどんどんと厚くなり、空は暗い灰色に変わっていった。だけど、どんなに雲が厚く空を覆っても、その先にあの青空があることに変わりはない。今はただ雲に隠されているだけ…。
「Hさん、今日の夜さむい?」
「さむい」
「明日の夜は?」
「たぶん、さむい」
会社での仕事が終わった後、深夜営業のスーパーで11時まで働いている彼女には、夜の冷え込みが気になるのかもしれない。

 ビルの壁に切り取られた青い空…。だけど、それは僕の位置からそう見えるだけ。青い空は何処までも、何処までも繋がっている。ペルーにも、イラクにも、地球上の何処にでも…。(2004.1.15)




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