冬の陽

 家の中で、ごろごろしてばかり、気分がくさくさしてきたので午後から散歩に出ました。正月というと初詣でしょうが、何故か僕は昔住んでいたアパートに行きたくなってしまったのです。始めは昔住んでいた場所を順繰りに巡るつもりだったのですが、全部周ると3〜4時間かかってしまいそうだし、怠惰な数日を過ごしていた身にとってはきつそうだったので、今住んでいる場所から一番近い高校時代に住んでいたアパートまで行ってみることにしました。

 大晦日に降った雪が日陰に残る道を、冬の優しい陽に包まれて歩いていますと、とても平安な気持ちになりました。夏の肌に刺さるような陽よりも、冬の全身を温かく包んでくれる陽の方が僕には遥かに気持ちよく感じられます。冬こそ日光浴には最適な季節なのではないだろうかと思いました。海に行きたいような気持ちになってきます。

 風もほとんどなく、ダウンのコートを着ていたのですが、10分ほど歩くと汗ばんできました。正月休みのため、道路も空いていて、普段は車の排気ガスで埃っぽい大通りの空気も爽やかに感じられるほどでした。去年の年頭の文章に

“大晦日というか年末の街の雰囲気が僕は何故か好きだ。街にはもう「これで今年も終わりだ。何をやっても仕方ない」というような諦めに似た独特の寂しさが漂っているような気がする。その独特の寂しさに僕は何ともいえない安らぎを感じてしまう。だけど、これが1日たち、元旦になると急に街は前向きな明るい雰囲気になり、居心地が悪くなる。”

と書いたのですが、今日はその前向きの雰囲気が、それほど居心地の悪いものではありませんでした。

 大通りを過ぎ、駅前の商店街に入りました。営業している店はコンビニや年中無休のチェーン店ばかりで、どの店も扉が閉じていました。しかし、迎春の張り紙がされている閉じた扉を見ると、何故かほっとします。正月から営業しているコンビニも、そこに買い物に行く人にも、ふと寂しさを覚えました。本来の人間の生活というものから遠く離れてしまっているような気がしたのです。

 駅前商店街を抜けると、住宅街に入り、人通りはめっきりと減ります。だけど、相変わらず陽は優しく、低い位置から僕に届いてきます。20分くらい歩くと、昔住んでいたアパートに着きました。周りの雰囲気はずいぶんと変わっていましたけど、アパートはまだ建っていて、僕が当時住んでいた部屋にも誰かが暮しているようでした。少し不思議な気分に、或いは懐古的な気分になりました。
 僕が昔住んでいた場所に行きたくなったのは、自分を確認したかったからかもしれません。確かに昔、その場所に住んでいた自分を…。

 冬の陽がさらに低くなった頃、自分の部屋に帰りつきました。あのアパートから、このアパートまでの距離…、それは短いようで、長かったような気がします。(2005.1.2)





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