冬の朝

 以前の勤め先は8時30分始まりで、僕の住んでいるところから40kmも離れたところにあったものですから、7時前に部屋を出ていました。夏はまあまあ涼しくてよかったのですが、冬の朝は暗く、そしてまた寒く、身を縮こませながら人気のない道を駅に向かいました。

 今の勤め先は9時始まりで、部屋から40分くらいの距離にあるものですから、8時過ぎに部屋を出ても、余裕で始業時刻に間に合います。今の時期でも、晴れてさえいれば、冬の柔らかい陽の光りに辺りは満ちていて、あまり寒々とした気持ちにはなりません。

 住んでいるアパートの前の路地に出るとT字路になっているTの横棒の方を、左から右に赤いランドセルを背負った少女がやや前屈みで足早に歩いて行く姿によく出会います。僕はT字路の縦棒の方を、横棒の方に向かって歩き右折すると、その赤いランドセルの少女がマンションに住んでいるお友達と待ち合わせていて、彼女が部屋から出て来るのを待っています。もうひとりの赤いランドセルを背負った少女がマンションから出て来ると、楽しそうにおしゃべりを始め、ゆっくりと前を横切っている道路を渡って、学校のある右側に曲がっていきます。

 僕はその道を駅のある左側に曲がり、大通りにでます。通勤の車やらバイク、歩道を疾走する自転車など、一気に周囲は慌しくなり、歩みは自然と速くなります。駅に向かう人、大通りでタクシーをひろう人、お店を開ける人…1日はすでに動き出しています。

 駅に近づくと、よく出会う顔も数人います。しかし、顔を知っているだけで、彼女または彼氏が何処でどんな仕事をしているのか、僕は知りません。だけど、知っている顔を見かけると、少しほっとします。理由はわからないけど、ちょっとほっとするのです。

 線路沿いの道に出ると、寒いのに短い丈のスカートで健康的な脚を惜しげもなく出している女子高生や、何となく崩れた格好の男子生徒が元気に或いは気だるそうにおしゃべりしながら、或いは黙々と通学路を学校に向かっています。

 駅前の商店街に入ると、そこは人の川です。いろいろな人が流れていて、もう顔を覚えている暇はなくなります。僕は駅から吐き出された人の波に逆らって泳ぎます。

 駅前ではよく共産党の人が演説をし、パンフレットを配っていますが、それはただ音として虚しく空中を漂うだけで、心の中に入ってくる声にはなっていません。僕は冷たい自動改札に定期券を入れ、駅に入ります。いつもの満員電車に自分の居場所を探し、前に立っている人の後頭部を見つめながら、または電車の窓から動く風景を眺めながら、揺られていくのです。

後はただ、退屈な時間が流れていくのを待つだけです。ちょっとの優しさを求めながら…(2004.12.26)




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