機械化してゆく人たち

 ベテランのパートさん2人が辞めてしまったため、それまでうまくいっていた作業ローテションが完全に崩れてしまい、「重要な仕事」が残ったひとりのベテランに集中するようになった。それではさすがにきついと気づいた上司は、僕と同期で入ったパートのEさんにその「重要な仕事」を教え、作業させるようになった。それから、Eさんがだんだんと変化していった。

 Eさんは主婦であり、子供が成長して手もかからなくなり、家に毎日居るのも退屈なので、働きに出ようと思ったそうだ。始めは近くのパン屋さんに勤めたが、長年勤務しているおばさんたちの陰湿ないじめにあって辞め、新聞の折り込み広告で見つけた今の職場で働くことになった。もちろんある程度の収入も得られるわけで、その期待もあっただろうけど、生活の足しになればくらいの気持ちだったようで、当初の契約は週4日で9時〜16時というものだった。

 そして今年の1月中旬、仕事が落ち着いたため、3月中旬まで帰休という形になってしまった。僕と同期で入ったもうひとりの人はその間に他の仕事を見つけ、そちらの方にいってしまったが、Eさんはいい仕事が見つからず、今の職場にはいじめやいやがらせといったことがなく、働きやすかったということもあり戻ってきた。そのときはまだベテランパートの人もいて、Eさんは入った当初と変わらない作業をさせられていた。そして、たまにそのことを僕に愚痴ったりした。

 7月の中旬から、ほとんどのパートが長期休暇になり、Eさんも約1ヶ月の休みを取らされ、8月末に戻ってきたが、ベテランパートの2人はそのまま辞めてしまった。当然その穴が空いたわけだけど、夏の間はまだ忙しくなく仕事量が少なかったため、それほど大きな影響はでなかった。

 9月に入って仕事量が増え、新しい人が5人も入り、Eさんもその人たちの指導の傍ら、それまでベテランの人がやっていた仕事を徐々に任されるようになっていった。そして、明らかに今までとはEさんの雰囲気が違ってきた。

 それまでは週4日だった勤務日を、自ら望んで週5日に変更してもらった。そして、勤務日は基本的に月〜金なのだけど、もし自分の都合でどうしても休まないといけない場合は休んだ日の変わりとして土曜日まで出勤するようになった。さらに、9時〜16時の勤務時間も、ほとんど関係なくなり、遅いときなどは19時くらいまで残るようになったのだ。前にいたベテランパートの2人の勤務日は月〜木の週4日、週の途中で休んだからといって本来休みになっている日に出て来るといったことはなく、時間がくれば仕事が忙しくても帰っていた。僕にはEさんが前任者のふたりを意識しているように思えた。さらにEさんの変化はその言動にも現われるようになっていった。

 今の仕事は週明けが忙しく、週末は暇になる。したがって月、火曜日と祝日が重なった場合、会社側としてはパートにも出勤してほしいようだ。だけど、パートの場合、祝日は休みという契約をしている人がほとんどのため、出勤するかどうかは本人の判断にまかされることになる。ベテランパートの人でも出たり、出なかったりで毎回出勤するという人は少ない。
 しかし、Eさんは「休めない」といい、毎回出勤するようになった。新しい人に「今度の月曜日、祝日なんですけど、どうしましょう?」と訊かれると、僕はいつも「自分の都合でいいんじゃない」と言っているが、Eさんは「できるだけ休まないように」と指導までしている。

 そして、11日の体育の日、娘さんの運動会の日。Eさんは「仕事があるから見に行けないけど、がまんしてね」と娘さんに言い聞かせて、出勤してきた。正社員でこのようなことは比較的多いかもしれないが、パートで学校の行事より仕事を優先させるという人は少ないのではないだろうか?そして、12時のチャイムがなっても、すぐに席を立つということがほとんどなくなり、休み時間に食い込んでいるのに、仕事の切りがいいところまで作業している。

 Eさんのこの変化をよくよく考えてみると、組織によって個人が徐々に人格や個性を失い、自ら機械化してゆく過程ということになるように思う。単純で限られた仕事をさせられていた人間が、それよりレベルの高い仕事を与えられ重要なポジションにつくようになると、自分を犠牲にしてまで、それを与えてくれた組織ために働くようになる。わずか1年で人間とは、このように変わってしまうものなら、正社員で20年、30年と働くとどうなるのだろうか?過労死が起きるというのも、理解できるような気がした。(2004.10.13)




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