同僚の退社

 夏休みが終わってすぐに、同じ職場のU君から退社するかどうかを迷っていると打ち明けられた。彼は僕と同じバイトなのだけど、かなり強烈な正社員志望だったようで、いずれはという約束で働き始めたらしい。そして度あるごとに、「いつ正社員になれるのか?」と上司に訴えていたそうだが、その都度「もう、ちょっと待って」の繰り返しだったそうで、そのうち知り合いの人から「うちの会社で正社員として働かないか?」と誘いがあり、このまま正社員になれる日を待つか、それとも知り合いの会社で働こうかと悩んでいるとのことだった。

 僕はその知り合いの人の会社は何をする会社なのかと訊いたのだけど、彼は明確に答えられず、本人もよくわかっていないように思われたので、「もう少し、じっくりと話を訊いてから決めた方がいいのでは?」と言ったが、彼は「もう、話は十分に聞いています。このままここにいても、ずっと『もうちょっと待って』と言われるような気がする」と気持ちがかなり退社に傾いていることを感じさせた。

 その翌日、仕事をしていると社員のひとりから「これはまだ誰も知らないことなので、絶対に口外しないで下さいよ」と念押しされ、聞かされた話はU君の退社のことで、今月いっぱいで辞めることに決まったという。昨日の今日なので、驚いてしまった。恐らく、昨日の夜に上司と話し合い決めたのだろうと思った。

 それにしても…と僕は思った。まず、そんなに正社員になりたいのだろうかという疑問はあるが、それは置いておくとして、彼は今年の1月中旬から働き始めたのである。しかも、今の仕事は未経験者で、そのため失敗も多かった。さらにほんとに忙しい時期を経験していない。そんな人を正社員にするだろうかと考えると、まず無理のように思える。いきなり新入社員として入るのなら別だろうけど、アルバイトから社員に登用されるためには、それなりの実績を示さないと難しいように思う。だから、最低でも1年くらいは辛抱して、自分の実力というものを上司に認めてもらうことが必要だったのではないだろうか。それを性急に行き過ぎたように思うのだ。

 U君が退社に傾いた理由に、夏の時期は仕事が激減するということもあったようだ。僕などは夏休みがたっぷりとれるなどと歓迎しているのだけど、彼にとって半強制的にとらされる夏休みはうれしいものではなかったようだ。始め、夏休みはなくていいと上司に訴えていたようだけど、ひとりだけそういうことを許すと必ず周りからは不平が出るようで、それも許可にならず、それならと3週間の休みを申請して、その間は別のところでアルバイトをするつもりだったようだけど、それも見つからず、その頃、知り合いの人から声がかかったようである。

 人の価値観はそれこそ人それぞれで、どれが正しくどれが間違いなどと簡単には言えないのだが、仕事の内容より、正社員という身分を選んだ気持ちは、僕にはわからない。彼も始め、今やっている仕事に興味があり、勉強して行きたいと言っていた。それが、今度は全く違う分野の会社から正社員の声がかかると、靡いてしまうというのは、どういうことなのだろう。彼は、仕事の内容より、金銭面の待遇や安定性を重視したようで、それならわからないでもないのだけど、何かを見失っているような気がした。

 そして、彼が退社する余波がこちらまでやってきた。それまでは「あと1週間くらいは休んでほしい」と僕に言っていた上司が掌を返したように、「新人が入ってくるまで土曜日は毎週出てくれないか?」と言ってきた。もちろん僕は丁重にお断りをした。たまに出るくらいならいいが、毎週はいやだ。

 そのことを同僚の女性に言ったら、「もったいない。働けるときは働いておかないと。Hさん何考えているんだか…」と呆れられてしまった。彼女の言分のほうが正しいような気もするけど、いやなものはいやなのだから仕方ない。これからは、正社員時代とは違い、気楽に働いていきたいと思った。(2004.8.29)




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