昨日の土曜日、このHPからもリンクさせてもらっているバンブーさんと飲んだ。バンブーさんのHPに詳しく書かれているけど、彼は現在、約6週間かけてバイクで青森から四国を周るツーリング中で、その途中、東京に立ち寄ったというわけだ。 西武池袋駅の東口で待ち合わせをしたのだけど、東京生まれの東京育ちのくせに私は西武池袋線に乗ったことがなく、したがってその駅の構造もよく理解していなかったようで、違う改札口で間抜けにも立っていたようである。バンブーさんの携帯に連絡を入れ、何とか落ち合うことができた次第だった。 池袋は会社員時代の通過駅で、会社の送別会や忘年会、同僚とちょっと飲んだりしたことのある街ではあったが、それらはほとんどセピア化していて、居酒屋を探すのにも苦労をしてしまった。バンブーさんにとっては、全く頼りにならない水先案内人であった。それでもどうにか記憶の糸を辿りというより、偶然に見つけた店に入り、やっと人心地つくことができた。 バンブーさんは、長期ツーリングの最中にもかかわらず、旅の疲れも感じさせず、ブルーのギンガムチェックのシャツにアイボリーのメンパンと服装も小奇麗で、それにくらべて私は長袖のTシャツに履き古しのジーンズ、サンダルといったみすぼらしい格好でやや冷や汗ものだった。 バンブーさんは弘前の方なので、言葉に温かみのある訛りがあり、久しぶりに聞く東北弁は心地よかった。こんなとき、東京にずっと暮している自分を恨めしく思ってしまう。言葉に訛りがないというのは、世間ではいいことのように思われているかもしれないが、私としては自分が実体を持たない幽霊のように思えて、何かイヤなのだ。或いは私も自分が気づかないだけで、東京弁になっているのかもしれず、それに微かな期待を寄せているのだ。何処かに旅行にでも行った時、「あんた、江戸っ子だろ?」などと言われるのが私のささやかな願望なのだ。 まず、バンブーさんは生ビールを、私は生グレープフルーツサワーをたのみ、乾杯してから今回のツーリングのことを中心にいろいろなことを話した。バンブーさんは今回のツーリングで四国まで行く予定だけど、場合によっては九州まで視野に入れているということだった。だけど、四国まで行かずに早めに切り上げることもあるようで、その辺りは柔軟に考えているようだった。旅は義務ではない。行きたければ、たとえ、それによって職安の職業訓練が犠牲になっても行けばいいし、帰りたくなったらいつでも帰ればいい。大切なのは柔軟な対応のように思う。自分の気持ちに正直になることだ。硬直した考えは、いつでもプラスにならない。 会社を辞めて、長期の旅行に出たりすると、よく現実逃避だという批判をされる。しかし、自分の夢も持たず、或いは捨てて、今、目の前にある「現実」というものにしがみつくことが現実的なのだろうか?私にはそうは思えない。自分の夢ややりたいことから目を背ける方が、はるかに現実逃避的態度に思える。会社を辞めずに、「日本一周したいな」などと、自分がそれを行なわないことを前提に言うことは現実逃避といえるだろうが、実際に会社を辞め旅に出てしまえば、それが現実となってしまう。「自分のやりたいことをやる」これ以上に現実的なことがあるだろうか。 その他にはバンブーさんが会社を辞めた経緯とか、私の家族の話だとか、ダートを走るときは体重があった方がリアが安定して有利だとか、農業を中心としたコミュニティ作りの話だとか、多岐にわたって、面白い話もいろいろと出た。経済音痴の私と違い、バンブーさんは株などもやっているように、その方面ではかなりの知識を持っている方で、ためになる話もいろいろと聞けた。 バンブーさんはお酒に強い方のようで、遅れ馳せながらもそれに合わせて飲んでいた私はかなり酔ってしまった。頭は比較的はっきりとしていたのだけど、手元、足元が明らかにおぼつかなくなっていて、トイレに行くときもフラフラと怪しい足取りになっていた。楽しいとついつい、量が増えてしまうようだ。居酒屋を出た後も駅とは反対方向に歩いて行ってしまったりして、最後まで頼りにならない水先案内人であった。今度は騒がしい都会の居酒屋ではなく、静かな奥会津の里山のキャンプ場で今秋にでも再会しようということになった。 そして、今日。朝起きると雨が降っていた。それも、かなり強く降っていた。これからは本格的な梅雨の季節だ。雨の中、バイクでのツーリングは辛く、情けない気持ちになったりすることもある。その点、車だと雨が降っても、風が吹いても、暑くても、寒くても、ほとんど関係なく快適な旅ができる。だけど、それはただ快適なだけなのだ。降り続いていた雨が止み、太陽が顔を出したときのうれしさを感じることはできない。バイクでの旅は辛いことも多い反面、楽しさも倍増される。どちらを選ぶかは、その人次第なのだ。バンブーさんのHPに「旅の仕方はその人の人生と重なる」という記述があるが、私も全くそれに同感する。私たちは自分だけの旅を探して、悩み苦しんでいるのかもしれない。(2004.6.6) |