とろろそば

 ここのところどうも胃腸の具合がよくない。朝は毎日といっていいほど吐き気がするし、お腹も安定しない。何が原因だかはよくわからないが、とにかく食べる物には注意しようと思った。消化の悪い物や油っこい物などは避けないといけない。それと以前甘い物を食べ過ぎるとお腹がくだると聞いたことがあったので、それも抑制的にしなければと思った。

 そんな中、会社の昼休みに何を食べようかと悩んでしまった。もともと経済的な理由で選択の幅が狭いうえ、さらにお腹にいいものとなるとなかなか思いつかない。うどん、そば、パスタ、ラーメン、おにぎりそしてパン、まずこの中からお腹にやさしいものを選ばないとならない。僕は会社をでて、歩きながら考え始めた。

 ラーメンは脂っこいので腸の具合が悪いときは避けた方がいいだろうということで、まず脱落した。パンは消化もいいし胃腸にもやさしそうだけど、どうしてもいっしょにコーヒーを飲みたくなってしまう。毎朝、吐き気がするほど胃が荒れている時には、コーヒーはできるだけ控えた方がいいはずだ。それでなくても仕事が終わり、家に帰ればどうしてもコーヒー2杯くらいは飲んでしまう。昼は我慢しようと思い、パンも脚下になった。

 これだけ胃腸の調子が悪いと食欲もあまりない。食欲のない身におにぎりはちょっと重く、食べたいというあまり気持ちがおきない。気が進まないため、おにぎりは見送りとなった。そこにいくとパスタはちょうどいい感じだけど、種類が多すぎて何を食べたらいいのかわからない。調子が悪い僕は面臭くなり、あっさりと除外することにした。

 残ったのはうどんとそばだ。うどんもそばも消化もいいし、食欲があまりないときでもつるつると食べられるのでいい。あとは何うどんまたはそばにするかだ。かき揚やてんぷらは避けた方が無難だろうななどと考えていると、頭の中にとろろが浮かんできた。そうだ、とろろが一番いいかしれないと僕は消極的ながらそう思った。

 とろろだったらただ消化がよく胃腸にやさしいというだけではなく、体に力もつきそうな気がした。昔、精魂尽き果てた旅人に体力を回復させるために、とろろ汁を振舞ったというような話しを何処かで聞いたような記憶がある、それを思い出したのだ。消化がいいということだけなら月見でも山菜でも大して変わらないような気がするが、僕は午後も働かなければいけない。そのための力が出るものとなると、とろろが最適のように思えてきた。とろろといえばうどんよりもそばだ。僕は昼食をとろろそばにすることにした。

 一度、そういう思いにとり付かれると不思議なものでとろろがすばらしい食品に思えてきて、頭の中はとろろそばでいっぱいになってしまった。まるで恋焦がれる女を思うような気持ちにさえなってきて、一歩歩くたびにとろろ、とろろと呪文のように頭の中でリズムカルに唱えていたりする。ついさっきまでは胃腸の具合が悪いから仕方なくという気持ちだったのに、何時の間にか気持ちがのってきてとろろそばに必要以上の思いが募ってしまったようだ。そういえばこれに似た気持ちってよくあるような気がする。
それほど大したこともないのに、何となく決めてしまったことなのに時間の経過とともにそれが自分の中で肥大化していき、その考えや物事にとりつかれてどうしようもなくなってしまう。

 駅にある食事処につくと僕は自分の椅子を確保した後、券売機に一直線にむかいとろろそば/うどん¥400の食券を買った。ここの食券ではそばとうどんがいっしょに印刷されていて、それを店の人に渡すときにそばかうどんのどちらかを注文することになっている。しかし、とろろといったら僕にはそばしか考えられないし、またカレーといったらうどんしか考えられない。とろろうどんは野暮な気がするし、カレーそばなんて気色悪いような気がするのだけど、これは僕の偏見なのだろうか?

 街中でのとろろそばだ。唸るほどおいしいわけもないけど、気合いが入っていたせいかお汁まで全部飲んでしまい、何も残さず食べた。そして僕は午後からの仕事に向った。(2004.2.14)




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