虚無に包まれたとき

 新年になり、仕事が始まってから1週間が経ったけど、水・木・金と後半の3日間会社を休んでしまった。

 5日、仕事始め、休み明けのため憂鬱だったが、何とか朝起きて仕事に向った。初日のためそれほど忙しくなく顔合わせ程度だろうと思っていたら、とんでもなく、仕事が溜まっていて9時過ぎまで働くことになってしまった。体がまだ仕事に慣れていないため、非常に疲れてしまった。いや、体が疲れたというよりも心の疲弊だったのかもしれない。ある種の虚しさを強く感じた。だけど、その虚しさが何処からきていて、どういった種類のものなのか自分でもよくわからなかった。

 6日、この日は朝から疲れていた。前日、仕事が忙しかったため、自分が出勤しないと迷惑がかかると思い、何とか会社には行ったけど体が思うように動かない。さらに仕事をしている最中にも昨日感じた虚しさが襲って来て、気づくと自分が透明な幕に包まれて独りの世界にいた。

 昼休み、いっしょに勤め始めたアルバイトの人達と3人で食事をした。その時、その人達は1月中旬で終わりで次の契約ないといわれたといった。これから仕事も暇な時期にはいっていくようなので或いはそんなこともあるかなと想像はしていたけど、年末には長期契約になりそうだと聞いていたので心にひっかかるものが残った。幸か不幸か自分は長期になりそうだけど、それをあまり手放しで喜んでいない自分がいた。

 午後から僕はさらに虚しさに蝕まれていた。その虚しさの正体がだんだんと明瞭になっていった。今の仕事に対する虚しさだった。時給900円のアルバイトで1ヶ月目一杯働いても20万円そこそこの手取りであるとかそういうところから来る虚しさではなく、仕事そのものに対する虚しさだった。

 始めは仕事に慣れることに精一杯であまり余計なことを考える余裕がなかったけど、それに慣れてきてしまうと今やっている仕事がひどくつまらないものに思えてきてしまいどうしようもなくなってきた。このような仕事をずっと続けていて自分はどうなるのだろうと思い、それが虚しさにつながっていったようだった。何処かにもっとやっていて楽しくてやりがいのある仕事があるのではないかと考えている自分がいた。

 7日、いつもそうなのだけど、この日は朝起きることが非常に辛かった。体も熱っぽく体温計で計ると37.5度あった。今月は正月休みもあり、これ以上あまり休みたくもなく、出勤しようか休もうかぎりぎりまで迷ったけど結局会社に行くことができなかった。月収はかなり少なくなるけど、休んでおかないとさらに肉体的・精神的に悪い状態になるような気がした。この日は疲れが一気に出たようで会社に9時前に電話連絡を入れてから、午後4時過ぎまで約8時間も熟睡してしまった。

 ゆっくり休んだことにより体調はよくなったけど、気持ちの方がそれについていかなかった。そして僕はさらに体の調子が悪くなったと偽って8・9日と連休させてもらうことにした。ゆっくりと休んでこれからのことを考えたいと思った。今やっているアルバイトを辞めることも選択肢に入れていた。

 心身の調子が悪い時は考えがついつい退嬰的になり、誤ることが多い。だからできるだけ心身ともに健康な状態になってから答えをださないといけない。

 この2日間いろいろと考えてみた。とりあえず今の仕事を続ける方がいいという答えになった。確かに今の仕事にあまりやりがいを感じなくはなってはいるが、まだ結論を出すには早いようにも思える。それに次の明確な展望が今のぼくにはあるわけでもない。とりあえずしばらくは続けようと思った。

 とりあえずの結論が出てからは読書三昧な休日になってしまった。ある本を読んでいたら「人の一生というのは時に襲ってくる虚無との闘い」と書かれ箇所があった。確かにそうかもしれない。境遇にかかわりなく、どんな人でも何もかもが虚しくなる虚無に包まれることがあるように思う。虚無とは恐ろしいもので、ときに人を死に導いたりする。どのようにして虚無から逃げ、あるいはかわし、または闘い、時には共存すればいいのだろうか?

 虚無とは恐ろしいものだけど、虚しさを知るということはとても大切なことのように思う。虚しさを知ることによって人にもやさしくなれるし、自分にも強くなれるような気がする。とすればその虚しさを積極的に受け入れるしかない。そしてできればそれを自分なりに噛み砕いて、消化できるようになればなんて思う。

それにしても、こんなことで仕事を3日も休んでしまい、今月どうしよう…。出るのはため息ばかりなり…(2004.1.9)




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